第573話
キーちゃんはまだ、どれくらい先の未来から来ているのかを、教えてくれていない。
だけど目的はハッキリしてた。
「アイツに追いつく」
ようするに、100m走でどっちが速く走れるか、その競争だって言ってた。
…よくわからないが、亮平を助けるには、未来を変える必要があるそうだった。
この世界線の、夏までに。
「未来を変えて、どうにかなるわけ?」
素朴な疑問があった。
亮平が死ななくてもいい未来を、作る。
そのために必要なことは、アイツが、もう一度竹刀を持ち、試合に出れるかどうか。
キーちゃんはそう言うんだ。
でもそれって、最初の世界の彼と、何か関係があるわけ?
そう思わずにはいられなかった。
「私を信じろ!」
彼女は、標準語をよく喋る。
未来から来た亮平と出会った時もそうだった。
亮平の時は、50年後の自分の人格と同期したとかで、最初のうちは喋り方とかもおかしかった。
一人称は「僕」だったし、何より、私のことを「キミ」と呼んでた。
それはキーちゃんも同じだった。
彼女はこの世界線の未来から来た。
でも、彼女の頭の中には、色んな情報が詰め込まれている。
未来で、量子コンピュータと接続し、私の記憶や情報を取り込んでいることも、原因の1つらしかった。
私と友達だった頃の記憶もある。
だけどそれ以上に、膨大な時間と情報が、彼女の主人格を狂わせたそうだ。
“別の人間になってしまった”と言っていた。
目の前にいる「桐崎千冬」という人間は、私が知ってるキーちゃんとは限りなく違うと。
…そんなこと言われても、全然実感が持てない。
見た目は確かに違う。
顔のパーツは一緒だけど、髪の毛は長いし、何より知的だ。
でも、雰囲気は昔のままだ。
目の色は輝いてるし、ぎゅっと背中に抱きついたときの匂いは、キーちゃんのまま。
化粧を変えても、顔の形を変えることはできない。
あの感じ?
うまくは言えない。
けどわかるんだ。
「キーちゃん」だって。




