スタートライン 第572話
街の坂道を駆ける音。自転車に2人。前方には須磨の海。真っ青な、陽だまりの朝。
「レッツゴー!」
日本に帰ってきたキーちゃんと2人、学校の登下校の道を突っ走る。
世界は4月22日と、西暦、2012年。
今、自分がどこにいるのかを探して空を見る。
頭上に通り過ぎていく一本の飛行機雲を目で追いながら、その雲が向かっている方角を指差して、
「飛ばして飛ばして!」
と背中越しに訴えかけた。
私の言葉に呼応してぐんぐん加速していく自転車。
「しっかり捕まっとき!」
と、元気な声で、キーちゃんはペダルを漕いでいた。
今日がなんの日か、それを考えるのもまだ曖昧で、寝癖ボーボーの髪をシャワーで流す。
顔を洗い、西中の制服を身にまといながらリュックサックを背負い、玄関先で「行ってきます」と母さんに言っている自分が、「今日」のものとは思えない。
記憶の片隅で何度もフラッシュバックする。
自分がいたはずの世界や、「時間」が、すぐ目の前にあったこと。
西中の校舎は、春先に卒業したとは思えないほどに懐かしい。
2人乗りは禁止されてるから、担任のあべちゃんに見つからないように途中からは徒歩で歩く。
見つかったら楓が罪を被ってよとキーちゃんは言うが、自転車の所有者はあんたなんだから、全面的に責任を負ってよね?
再会して以来、毎朝、私の家に迎えに来てくれる。
2階の部屋の窓越しに、「おい、起きろ!」と訴えかけてきては、「すぐ降りる!」のやり取り。
それは今日も同じだった。
最初は何事かと思ったが、今では、すごく快適なタクシー代わりとなっている。
キーちゃん曰く食後の運動にハマってるようで、ご飯を食べた後は少しでも体を動かして、摂取したエネルギーを筋肉に還元したいと言っていた。
朝はマックやタコベルに立ち寄りながら、豪快に朝メシを楽しむらしい。
しかしそれだと1日の摂取カロリーが異常なことになってしまうので、通学の時間を利用して自転車を爆走させれば、少しはマシになるだろうという計算だった。
バカなのかバカじゃないのか。
ま、私にとっては都合が良いから、なにも言わないけど。
それにしても毎朝どっかに立ち寄ってメシ食うとか、金持ちすぎない?
私はハンバーガーセットを頼むのでさえ躊躇してしまうのに…。




