第56話
「そんなにネコ好きなら、飼えばええのに」
「うちのおかんが許してくれん」
「嫌いなん?」
「嫌い言うわけや無いやろうけど、誰が面倒見るんやって言うから」
「あぁ」
いくら家で猫飼えないからって、2次元の猫にまで手を出すかねぇ…。
バスに乗った後、10分くらいで学校に着く。
中学校がある場所は須磨区というよりもほとんど垂水区との境界線上にあった。
市街地からは程遠く、神戸市だというのにほぼ田舎だった。
「おはよー!」
「おはよぉ!」
教室に着くと元気な声がよく響いていた。
須磨区の中学の中でも一番人数が低い学校だったが、それでも一学年に6クラスくらいはあった。
私と、アキラと、綺音はDクラスで、亮平はその隣のEクラスに在籍していた。
「ねぇ、楓。亮平君って剣道すごく強いんだよね?」
「え?ああ、そうやな」
小学生の時、亮平は県でも有数の実力者として、名を馳せていた。
私も、何度か亮平の公式戦を見にいったことがある。
剣道の試合は、なんというかすごい迫力があって、普段のその人とはまるで別人の姿を、間近で拝むことができる。
初めてその公式戦を見た時、腰が抜けるかと思うほどの衝撃を受けた。
剣道がどういうものかは知っていたが、竹刀を持つ亮平の佇まいというか、その「存在感」は、他の小学生を圧倒してた。
それもそのはずだ。
亮平のバックに付いていたのは、教育者で高校剣道の顧問でもある「父親」だったのだから。
「中学でももうレギュラーに抜擢されるみたいよ?街で誰かに襲われたら助けてもらおうかなぁ」
こんな田舎に女子中学生を襲う奴なんていないよ。
でもアキラは美人だから気をつけないとね。
かと言って、いくら亮平でも竹刀を持ってなければただのポンコツだよ。
亮平は、本当は剣道の推薦で、神戸市中央区の名門校に行きたいみたいだった。
だけど父親の反対でそこには行かず、代わりに自宅で剣道を学びながら、学校の部活時間でも個人練習を行える環境を学校側に打診していた。
その提案をしたのはもちろん父親だ。
息子をよっぽど優秀な剣士にでも育てたかったのだろう。
亮平は自分の意見を言うこともできず、ひたすら剣道の練習に打ち込んでいた。




