第565話
「信じられない?」
「…だって、…そんなの…」
「時間は常に1つしかないわ。あなたというイレギュラーを除いてね」
「1つっていうのは、つまり…」
「そう。世界には事実と事象の境目がある。事実は無限には存在できない。この地球上に存在できる原子の数には、限りがあるように」
「…」
「あなたは時間の海の中にいる。それは「現実」の中にいるという意味ではないわ。むしろ、その外側なの。現実になりきれない距離。不確定的な時間。“全ての事象とその可能性が漂流する海“、その内側に」
「「私」が存在してない、っていうのは…?」
「その言葉通りの意味よ。あなたは今、サイコロを振り続けている状態そのものなの。亮平から聞いたかもしれないけれど」
「…よくわかんないよ。サイコロを振り続けてる…?それって結局、どういう…」
「無限の時間と、無限の回数。——こう言ったら、わかる?」
キーちゃんの言いたいこと、その全部を、とてもじゃないが受け止めきれない。
亮平から聞いた時もそうだった。
耳をかっぽじって聞いてても、そんなことあるわけないって思えてきて。
…でも、ひとつだけわかったんだ。
キーちゃんが知っていること。
私の「記憶」について。
キーちゃんは”知ってる”って言った。
最初はその意味がよくわからなかった。
だけど話を聞いているうちに、その意味が理解できるようになってきた。
それは具体的なことじゃなく、あくまで、“断片的な”ことだったけど。
「全部知ってるって…?」
「うん。そうだよ」
「…でも、そんな…」
私が信じられなかったのは、キーちゃんがなにもかも知っていたことだった。
——そう、何もかも。
私が事故に遭ったことや、50年後の亮平と出会ったこと。
2022年の未来に行ったことや、キーちゃんの中に入ったことも。
嘘だと思った。
そんなことあるわけない。
だって、…知ってたんだよ?
さっきまで私が大阪にいたことも、——最初の世界で、亮平の事故を防ごうとしていたことも。




