第54話
「なんにせぇ、俺が事故に遭わんかったんは、大きな間違いや。不正に入力されたデータ。そう言われてもおかしくない「世界」を、作ってしもたんや」
「…でも、わざとやないんやし。亮平は被害者なわけやろ?」
「被害者?」
「だって、本人が承諾してないのに実験の被験者にされて、勝手に過去を変えられたわけやし」
「過去を変えたのは俺やけどな」
「…でも、不可抗力やろ??誰だって自分が死ぬかもしれないと思ったら、そこから逃げるで?それに、事情もなんも知らんかったわけやし、たんに友達の誘いを断っただけやん。なんも悪いことしてへん」
「実際にはそうやけど、でも、現実に起こったことは想像以上に深刻や。過去が変わったっていうのは、言うのは簡単やが、実際の内容は決して軽はずみにできるもんやない。現に楓が死んどる。それ以外にも様々な変化が起きた。元々の世界にはなかったことが」
「せやかて、それは亮平のせいやない」
「俺のせいかどうかなんてどうでもええねん」
「じゃあ気にしなくてもええやん」
「…気にするわ。俺は…、できれば世界を元に戻したい。俺の過去を元に戻せば、きっと…」
それはまるで、自分がもう一度事故に遭えば、全てが解決するかのような口ぶりだった。
「…まさかあんた、もう一度事故に遭う気やないやろな?」
「それで世界が修正されるんやったら、構わん」
構わん、って、そんな軽い口ぶりで、自分の命を投げ出すなんてどうかしてる。
「過去を変えれるんだかなんだか知らんけど、あんたやっぱり、昔からなんも変わってへんわ」
「どういう意味や?」
「そのままの意味や。自分のことをろくに考えもせんと言うか、向こう見ずというか、行き当たりばったりの人生を送ってきたあんたが、「なに」を助けるって言うんや」
1つ、思い出したことがある。
私が亮平と絡まなくなったのは、亮平が子供だったから、と言えば、それはそれで一つの理由だったのかもしれない。
でも一番の理由は、いつからか、亮平の目の中にある輝きが、少しずつ薄らいでいったからだった。
亮平は昔から、どこか楽観的な性格だったけど、大きな夢だけは持ってた。
その「夢」は、男の子なら誰もが持つくだらない野望みたいなもんだった。
でもそれは、いつも隣にいた私にならわかる。
明日に向かって進んでいこうとする勇気。
その思いや、情熱の大きさは、日常の中に確かな光を持ってた。
「あんたの得意技だよね。“諦める”っていうこと」
「…はぁ?俺が、何を諦めたって言うんや」
「色々だよ。それすらもわからないくらい、たくさんのものを捨ててきたやろ?」
自分でも思う。
何知ったような口聞いてるんだって。
でも言わして欲しい。
私は亮平に期待してたんだ。
世界中で誰よりも。
どんなにバカな奴だって思っても、自分に“嘘”だけはつかない奴だって思っていたから。
もちろん人に嘘はつかないよ。
だけど自分のことになると別だった。
いざって時に、勇気が出せない。
どんなに取り繕ってても、私にはわかった。
結局失敗が怖いんじゃないかって。
だからあの時、試合会場に来なかったんでしょ?
「…試合会場?」
「中2の夏、決勝の試合だよ」
それは、2012年8月に開かれた、全国中学校剣道大会の決勝のことだ。




