第540話
足を止めても、明日に追いつけないことはわかってた。
過ぎ去っていく時間の中に立ち止まっても、今日に触れることはできないと。
忘れちゃいけないこと。
残していけない距離。
初めからわかってた。
「昨日」と同じ日が来ると願っていても、その「いつか」は、永遠に来ないこと。
今日を越えられるのは今日しかない。
明日にたどり着く1秒前。
その刹那に足を動かし、交差点の向こう側へ。
後ろを振り返ってる暇はないんだ。
きっと。
後戻りのできない「今」に向かって、ただ、まっすぐ進むだけ。
「位置について」
の合図と、地面につけた足。
平行線上のスタートラインが、昨日と、明日の真ん中に。
一緒に前に進んでいこう。
そう、思ってた。
確証もない気持ちの下で。
どこまでも続くと思ってた、道の向こうに。
「冗談やめてよ」
どうせ嘘なんだろうと思った。
あの頃のあんたは、私とは違う世界を見てた気がする。
軽いノリでしょ?
どうせ。
「軽くないわ」
「…ほー」
「せやけどなんか、…当時は恥ずかしくてな」
「なにが??」
「お前に会うのが」
意味わかんない。
何が恥ずかしいんだ?
そんなこと思う前に、まずは挨拶くらいしろよ。
明けましておめでとうございますとか、色々。
ま、過ぎたことだし、なんでもいいが。
「せやから、一緒に行かん?時間は経ったが、あの時誘っとけば良かったって、今でも思っとるんや」
なんであんたの都合に合わせなきゃいけないんだよ。
行かないったら行かない!
「…そうか」
しょぼんと肩を落とし、とぼとぼとリビングを出ていった。
なんか、こっちが悪物みたいじゃない?
それこそ外に出たら危険なんじゃないの?
呑気に初詣に行くくらいだったら、さっさと家に帰って母さんに謝りたいよ。
カンカンに怒ってる母さんを想像したくもない。
冬休みも残りわずかだ。
学校にも行かなきゃだし、部活だって…
生憎、お祝い気分じゃないんだよこっちは。
…何が「願い事」だ。
私は流れ星じゃない。
七夕に飾る短冊でもない。
誘っとけば良かった?
なんだよ今さら。
もう手遅れなんだよ。
過去のことは過去。
今さら引き返せない。
昔のあんたがどう思ってようが、もう綺麗に水に流した。
今じゃただの思い出だ。
掘り返す必要なんてないんだ。
深く掘った土の中に、丸ごと埋めて固めてるんだから。
…そりゃ私だって、一緒に行けたらいいなとは思ってたよ。
神社の近くを通った時、今頃何してるかなって、ふと思い出した。
どうせ馬鹿なことしかしてないんだろうなとは思った。
けど、無性に込み上げてくる気持ちもあって…
当時のあんたが何を考えてたかなんてわからない。
本音を言うと、そんなことはどうでもいいんだ。
あの頃、よくあんたのことを考えてた。
あんたなりに、色々苦労してたのを知ってたから。
喧嘩したのだって、大した理由じゃない。
いっそ、面と向かってごめん!って言えば、照れ臭そうに頭を掻くんだろうなとは思ってた。
不器用なあんたが、本当に落ちぶれてないこともわかってた。
友達。
そう言い合える関係だった。
だから、別にあんたがどんな人間になろうと構わない。
そう、思ってた。
だけど同時に、込み上げてくるものもあった。
体育館のコートを踏むたびに。
朝起きて、カーテンを開けるたび。
……あー
…くそっ!




