第503話
「なんか隠しとる?」
「…隠すって、何を?」
じーーーーーっ
どうも腑に落ちない。
信じてないわけじゃない。
きっと、彼の話す「言葉」に嘘はない。
未来から来たっていうことも、私を助けたいっていうことも、ネットワークの開発を阻止したいっていうことも。
でも最初に会った時に話してくれたことと、今の彼の話は、どこか違う。
表面的なことじゃない。
すれ違う空気というか、交わした視線の先に触れる息遣いの内側に、組み合わさらないピースがある。
テトリスでうまくブロックをはめられなかった時の浮き上がった感じ。
あれが、彼との会話の間で所狭しと積み上がっていた。
「とにかく、今は逃げるしかない」
一息ついて、そう言った。
逃げるってどこに?
「おかんの実家に行く」
「実家?」
「言ってなかったっけ?大阪の岬町ってとこに、家があること」
…そういえば、そんなこと言ってたな。昔。
亮ママは大阪で生まれ育った。
高校でこっちに引っ越してきて、それからずっと神戸。
岬町は、大阪と言っても超がつくほどの田舎だ。
ネットで見たことがあるんだ。
どんなところなんだろうって思って。
「…遠くない?」
「遠いに越したことはないやろ」
「そうやけど…」
お金はどうするんだ。
何も持ってきてないけど。
ポテトとナゲットだって、彼の奢りになってる。
ちなみに今どれぐらい持ってんの?
心配そうに聞くと、大丈夫の一言だけ。
何が大丈夫なんだろうか?
こっちは手ぶらで、しかも薄手の普段着だってのに。
バーガーショップを後にして、電車に乗った。
話はまだ終わってない。
聞きたいことがたくさんある。
だけどそうも言ってられない。
ホームの階段を上り、電車のドアが開く。
大阪駅行きの線に乗り、場内に響く発車ベル。
ゆっくりと動く電車の機体。
レールの上を滑り出した車輪が地面の上を滑り、徐々にスピードを上げていく。
進行方向に向かって粉雪がぶつかる。
空から舞い落ちてくるそれは、雨が落ちてくる速度よりも遅く、それでいて軽い。
だけどなんだろう。
見渡す限りの灰色の空で、一面の「白」は世界を覆い尽くすほどに騒がしかった。
駅のホームで待つスーツ姿の女性。
スマホを見ながらベンチに腰掛けている中学生くらいの子。
窓越しから見た日常の風景は、流れる雪の軌跡に沿って動いている。
速くも、遅くもないその中間に触れ続ける改札口横の看板は、数年前から変わらない『神戸女学院大学』の文字。
どこかに向かって動こうとしている時間。
ガタンッ、と傾く街の被写体。
動き出した電車のうねりは、今日という時間の中に動く瀬戸際となって、日常に浮かぶ1つ1つの景色を持ち去ろうとしていた。
線路に沿って並ぶフェンス。
大阪へと続いていく果てしない道のり。
吊り革に手を引っ掛けて、壁際の席に腰を下ろそうとしない彼を見て、声をかけた。
「座らないの?」
「…ああ」と、気が付いたように腰を下ろした。
向かい側の窓際に。
隣に座ればいいのに、なんでわざわざと思ったが、それを指摘はしなかった。
電車は海岸線に沿って、ただ、ひたすらに走った。




