第48話
「どうすれば、戻れると思う?」
「うーん…」
「頼りになるのは、今あんたしかおらんのやけど」
「それはわかっとるが…」
「…ま、どうせ「夢」やろ。全部…」
「まだ、夢やと思ってんのか」
「夢」じゃないって言うんだったら、なんなのこれは?
当たり前のように話を聞いて相槌を打ってるけど、頭の中じゃ、まだ現実だとは思ってないからね?
「どうやったら現実やと信じる?」
「…え、…うーん」
考えたが、すぐにそれを想像できなかった。
「これが現実」だって、いくらなんでもそれは…
「まぁ…、たしかに信じられんわな」
「せやろ??」
「でも、戻ったら死ぬで??」
「なんで?」
「なんで、って、事故に遭ったって言うてるやん」
『9月10日』に事故に遭う。
亮平はそう言うけど、その事実の「確証」さえ、今は持てない。
頭が混乱しているって言うのもそうだし、亮平の話はぶっ飛んでるし…
死ぬとか、事故に遭うとか、やっぱり馬鹿げてる。
確かに朝、何かに突き飛ばされて目の前が真っ暗になった。
それは確かだ。
もちろん、その出来事自体が「夢」だというのも、可能性としては0じゃない。
0じゃないけど、でもだったら、夢の中で夢を見ていて、その夢の中でこうして話をしていて……
って、うーん???
「夢」と「現実」との距離がバラバラだ。
時間感覚もわからない。
朝のアラームが鳴って…、それで…、えーっと
ああ、もう!
考えても埒が開かない!
「話を整理したいんやけど」
「うん?」
「「うん?」やなくて、あんたが被験者になって、それから???」
「そういや、まだ話が途中やったな」
なんとなく話が分かっただけで、まだ詳しいことがわかってない。
そもそもあんたは、なにしに「過去」に戻ってきたわけ?
理由は?
なんで、「被験者」になったの?
「最初は…、そうやな、俺は50年後の世界で、植物状態やった」
「植物状態?」
「いわゆる「脳死」ってやつや。被験者に選ばれたんも、それが原因や」
「なんで…、そんなことになったの?」
「事故に遭ったんや。15歳の時にな」
「15歳!?」
15歳って、ほとんど今の年齢じゃないか。
「そうや」
「そうや…って、なんの事故に遭ったん?」
「バイク事故」
「バイク事故ぉ!?」
私はてっきり、50年の知識が頭の中にあるって言うから、大人になって、長い人生を歩んだ亮平のことを想像していた。
が、亮平が15歳の時に起こしたバイク事故のせいで、意識が戻らない状況が続いていたそうだった。
亮平が未来の世界で「被験者」になった経緯は、本人の意思によるものではなかったそうだ。
それは「実験」という名目に相応しい理由だった。
「待て待て。話はそんなに単純やない。それはあくまで「きっかけ」や」
「…ん?どゆこと?」
「元々、未来での研究では、人間の脳の中ある記憶や意識人格なんかの『情報』を、コンピュータの中に移すことができないか、色々な視点から論じられてきた。その中で発明されたのが、「クロスクロス」という機器やった」
「そのクロノクロスって言うんは、具体的に言うとなんなん?」
「量子コンピュータの略称や」
「量子コンピュータ!?」
「まぁ、口で言うてもわからんやろ。要するに超ハイテクなコンピュータっていうイメージや」
「ほうほう」
「未来の科学者は、「人類の未来」についての情報学的、物理学的な展望を、長い時間をかけて研究してた」
「人類の未来…ね」
「俺たちはみんな、いつかは「死ぬ」運命にあるやろ?」
「…うん」
「せやけど、科学力の進歩によって、なんとかそれを回避できないか模索したことがきっかけで、「クロノクロス」は発明された。例えば、未来で末期の癌にかかってる人がおるとするやろ?その人の頭ん中の情報を「過去の自分」に送ることで、「自分という情報」が肉体的な死とは別に「永久に保存される」んやないかっていう仮説が、当時の科学者の間で囁かれるようになった」
「永久に…、保存」
「俺が植物状態になってから、脳は死んだように思われとったけど、実際は、脳の中で情報は破壊されずに残ったままやった」
「それで?」
「それで、科学者は俺を使って、情報の送信が可能かどうかをテストすることにしたんや」
「具体的には?」
「まず、情報の送信にはいくつかの条件があった。第1に、個人の脳の中にある情報は、その本人にしか送ることができん。実際は他の人間に送ることも可能やが、その場合、失敗する恐れがあった。それはさっき言うた、「人格」の問題やな。違う人の臓器が自分の体に移植された時、体は拒絶反応を起こすことがある。それと同じ原理で、ある人間に別の人間の人格をダウンロードしてしまうと、その「人」そのものが壊れてしまう可能性があるんや。それがまず問題やった。第2に、過去の「自分」に送ることができる年齢には、制限があった。基本的には、12歳以下の年齢まで遡って、情報を送信することは危惧されてた。脳の知能レベルが低ければ低いぶん、正常に情報を伝達できない可能性があったからや。科学者たちはこの条件を踏まえながら、俺を使ってある「成果」を得ようとしてた」




