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雨上がりに僕らは駆けていく Part1  作者: 平木明日香
452/698

第451話



 母さんは、ただまっすぐ前を見ていた。


 自分にできないことなんてないと、ただその「可能性」だけを求めて。



 動く心臓の先で、追い求めた1メートル85センチ(※平均ストライドの距離)。


 最高走速度に到達した30メートルの距離で、


 「現在」


 と


 「未来」


 の境界に、足を踏みしめようとしていた″瞬間″だった。


 母さんは突然、トラックの上に倒れ込んでしまった。



 あの時、観客席にいる誰もが、目を疑ったはずだ。


 先頭に飛び出そうかというスピードで走っていた第4レーンの母さんが、急ブレーキをかけたように失速し、膝を曲げて、その場に倒れ込んでしまったのだ。


 その出来事は、会場中のざわめきとともに、中央のスクリーンに映し出された。



 母さんを襲ったのは、本人も、他の誰も予期していないことだった。


 息切れのする肺の横で、感じたこともない激痛と、苦しさ。


 足が動かない…!


 と思いながら、必死に膝の下の筋肉を抑えるが、息がうまく吸えなかった。


 

 苦しい…!



 そう叫びたくても、声も出ない。


 体を襲ったのは、『右アキレス腱断裂』という怪我だった。


 原因は不明で、100m選手としては致命的な怪我になるかもしれないと、診断された。


 そして、この日を境に、母さんは全力で走れない体になってしまっていた。


 

 母さんが、“条件付き”で告白の返事にOKを出したのは、きっと、当時の父さんが、自分の夢を追い求めていたからなのかもしれない。


 怪我をしたあと、途方に暮れている側で、父さんは自分の将来に向かって進んでいた。


 そんな「彼」なら、100メートル走の直線に、まだ見たこともないスピードを出してくれそうな予感がした。


 自分が諦めてしまった、『11.48秒』の領域に。



 もちろんそのことを母さんが感じていたかどうかは、誰も知らない。


 けれど、生前母さんは言っていた。


 父さんを見てて、「昔の自分」と重ねる部分があるっていうこと。


 がむしゃらに自分の「夢」を追いかけて、必死に勉強するその姿が、怪我をした自分への最大の励ましになっていたこと。


 

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