【第7章】 須磨と海 第426話
海。
波の音。
亮平が世界からいなくなり、静寂だけが耳の奥で響いていた。
ノイズもなく、淀みもないまま。
そのうちに世界が暗闇に包まれて、気がつけば砂浜の上にいた。
目の前に広がった水平線。
曇天の真下に靡く、冷たい風。
握りしめていた手の感触は消えて、茫漠とした砂のような気配が、目の前に横たわっていた。
捉えどころのない青の光線は次第に白くなり、揺らめく波の音が、遥かな遠方からやって来ていた。
時間。
運命。
そんな言葉の内側にひしめく鉛のような重たさを肌に感じながら、また、それが行く宛てのない空間の中に沈む遠心力を持ち、歪んだ湾曲線を伸ばしていた。
掴んでいたい気配があった。
離したくない時間があった。
でももう遅い。
そう思った瞬間には、世界が変わっていた。
夕立の雨が降り始めた時のように、唐突に。
海は冷たい空気の中で寒々しい色を漂わせていた。
空からは雪が舞い落ちている。
そして何故か、私は、海辺に座っていた。
「ここ」がどこか。
「今」はいつか。
でもそんなことは、今は考えたくなかった。
あの交差点。
傷ついた自転車。
最初の世界で起こったことが、どんなことだったか。
亮平の命が消えていく間際を追いかけて、まだ間に合う時間があると思い続けた。
何度も反芻してた。
もう一度戻りたかった。
彼を救って、運命を変えて。
目を瞑ったんだ。
私がタイムトラベラーなら、もう一度飛んで?
彼のいる場所に戻って?
さざ波の音がゆらゆら揺れているそばで、あの場所に戻るイメージをした。
ただひたすらに祈っていた。
「今」が過ぎ去ってしまわないようにと。




