第40話
「そう。「過去に戻る」っていうのは、「時間移動」という“直接的”な意味じゃない」
「え?」
「タイムリープと聞いた時、楓は何をイメージする?」
なにをイメージする?って言われても…
タイムリープ、タイムリープねぇ…。
昔の映画で見たことがある。
雷みたいな激しい光が渦巻いて、竜巻のような強い風が、サークル状に吹き荒れる。
画面上に「バチバチッ」って強烈な電流の音が響いたかと思えば、次の瞬間に人が突然現れて、そのあとに「僕は未来からやってきました」とか言うあれ。
だから、そのイメージのまんまを伝えた。
「えー…っと、シュパ!パーン!みたいな」
「どういうこと(笑)」
「何かがピカーッ!!って光って、好きな時間に瞬間移動するみたいな」
「ようするに、過去とか未来とかに、瞬間的に「移動する」っていう感じ?」
「そうそう!」
「僕が「50年後の未来から来た」というのは、それとは少し意味合いが違う。正確には、“移動”したわけじゃない」
「え?」
「楓が想像したタイムリープは、…いや、そうだな、もしタイムリープしたのが楓だったとしよう。映画の中のキャラクターのように、時間を移動した自分を想像してみて?…どう?できた?」
「…できた」
「その時楓は、楓の“肉体”ごと時間を移動したと思う?」
「…ん?どういう意味??」
「だから、例えばタイムマシンに乗って時間を移動したとしたら、楓は乗り物に乗ったかのように、世界の時間の中を自由に行き来していると想像する?」
「…え、ああ、まぁ…」
「僕は未来から「来た」とは言ったけど、正確には“来て”いない。この意味がわかるかな…」
「いや、わからん」
「簡単にいうと、「僕」は「僕」のままなんだ」
僕は僕のまま?
なんの歌のタイトルですかそれは。
「今週のヒットソング」という、毎週日曜の夜中にやってるラジオ番組に出てきそうな、曲のフレーズ。
絶対バラードですね。
ワンチャンROCKの可能性もあるかな。
そんな謎かけみたいなこと言われても困る。
大体「50年後の未来から来た」ってこと自体も、思考が追いついてないってのに。
「意味わからん」
「50年先の「僕」が、ここに来ているわけじゃない、ってことだ」
「あんたさっき来たって言うたやん…」
「そう、たしかにそう言った。けど、正確に言えば、50年後の僕は、「50年後の僕」のままなんだ」
「はあ????」
「それに、この世界の「僕」も、「僕」のままだ。楓が想像している「タイムリープ」は、今の話で例えるならば、「50年後の僕」がタイムマシンかなにかを使って、この世界に来ている、と、想像するだろう?」
「うん」
「でも、実際はそうじゃないんだ」
うーん…
まったくわからん…
未来からきたって、そう言ったよね?
SF映画の俳優みたいに。
でもそれが違うって、なにがどう違うっての???
ただでさえややこしい話なのに、余計ややこしくするなよ…
勘弁してくれ…
「どういうことなん」
「「過去に移動する」というのは、言い方的に少し誤りがある。正しい言い方をすれば、「過去に干渉することができる」といった感じかな」
…
「せやから、…意味分からんって」
明らかに困っている私を見て、より分かりやすく説明するために、ポケットから自分のスマートフォンを取って、それを机の上に置いた。
「スマートフォンがここにあるだろう?」
「うん」
「誰かにメールを送る時、何を使ってメッセージを送っている?」
「うーん、電波かな」
「そうだね。じゃあその電波は、なにを「運ぶ」ことができると思う?」
電波が運べるもの?
それはきっと、パケットとかなんかじゃない?
あんま知識がないからなんとも言えんが。
「え、そうやなぁ…、ようするにスマホにあるデータとかやろ?」
「正解!」
真剣に悩んでるのに、軽い口調でピンポンピンポン!みたいなノリを振り撒いてる亮平に腹が立ち、コタツの中で足を蹴った。
「痛い痛い!なにするんだ!」
「なにするんだ、やないねん!何が言いたいんや結局!」
すると、亮平の目つきが変わった。
「変わった」という表現をするのは、それが視覚的な評価として、ありありと区別化できる一つの「変化」が、亮平の身に起きたからだ。
今の今までは、すごい他人行儀な仕草や視線の動かし方、およそ亮平とは似ても似つかないような振る舞いを私に対して向けていたが、蹴りを見舞ってやった瞬間に、それまでにあった“表情の硬さ”が無くなった。
いや、表情の硬さだけじゃない。
急に座り方を変えたかと思えば、眉間に皺を寄せて私を睨んでいる。
コーヒーにミルクを入れたら色が変わる。
そういう歴然とした変化を、たった今起こした。
「だから、今それを説明してるんだろ?」
「要点を言え要点を」
「要点と言ってもだな、バカな楓にも分かるように分かりやすく説明してるんだろう?」
…ほぉ。
いい度胸だ。
再会してからずっと、他人行儀な態度で接してきた亮平が、突然馴れ馴れしい言葉を使ってきた。
蹴りを食らわせた私も悪いが、ここにきて随分調子が良くなっている。
久しぶりに三角絞めでその腐った性根を叩き直してやろうか?
いつでも襲い掛かれるように手を床に付いた。
「待て待て!落ち着け!」




