第402話
…どうして、急にそんなことを…
キーちゃんは、夏の地区予選を勝ち上がっていく彼の姿を、ベンチの中から見ていた。
2番手ピッチャーだったキーちゃんは、春先から思うようなストレートを投げられずにいた。
変化球主体の変則ピッチャー。
それが彼女の生き残るためのスタイルだったが、どうしても、諦めきれない想いがあった。
最後の最後までストレートにこだわりたい。
「160キロ」という数字は、正直言って絶対に無理な数字だった。
けど、彼から言われたように、数字だけが全てじゃない。
たとえ130キロでも、スピンが利いたノビのある球なら、バッターから空振りを取れる。
だから、自分の信じる道を行こうと思っていた。
最後に頼れるのはストレート。
そんなピッチャーになりたいと思っていた。
でも思うようにいかなかった。
最速は131キロ。
決して遅い球じゃない。
だけど、どうしても打ち込まれる。
自信を持ってそれに頼ることができなかった。
だから監督から言われたことに従うしかなかった。
ストレートに拘らなくても、他に方法があると。
大事なのは気持ちだろ?と、彼は言った。
通用しないと思うから通用しないわけで、まずは自分を信じろ、と。
それでもイメージが追いついてこない。
高2の頃はまだマシだった。
まだ、思いっきり腕を振ることができた。
イメージと現実が、まだ追いつける距離にあったんだ。
その年の夏の地区大会の準決勝で、甲子園常連高の神戸国際にボコボコに打たれてから、イメージが下降線を辿った。
自分を疑い始めた。
本当にこれでいいのか?
投げる球の回転数が落ち、指にかかるボールの感触が、どこか淀んだ。
濁った水のような不快さがあった。
気持ちが現実の壁の中に落ちていくのを、止める方法がなかった。




