表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雨上がりに僕らは駆けていく Part1  作者: 平木明日香
38/698

第37話



 「母さん、すぐそこのバーガーショップに寄ってよ」



 梨紗が言ったこの言葉の一字一句が、聞き慣れたメロディーのように聞こえる。


 それがきっと「偶然」じゃないことが、目の前に広がる全ての情緒の中で感じられた。



 「イチゴショートケーキパイ」



 誰に言った言葉でもない。


 これはほとんど反射的に出た言葉だ。


 この言葉にいち早く反応した梨紗が、綺麗な相槌を打った。



 「そうそう!それが食べたいんよ。お姉ちゃんも買う?」



 梨紗が今、何を食べたいか。


 次の交差点で車がどこに向かうか。


 そのことがどんなに身近に感じられても、この目前の世界が「過去のもの」であるということを信じたくはなかった。


 それは単純に、自分の「意識」のずっと奥側で、私自身の「現在」がどこにあるかを、見失ってしまうかもしれないと思ったからだ。



 ここが夢の世界だろうが、死後の世界だろうが、そんなことはハッキリ言ってどうでもいい。


 ただ、自分が今こうしてここにいるということ、いるべき場所にいないかもしれないということ、ついさっきまであったはずの「日常」が隣に無いことが、こんなにも怖いなんて…



 高校に入学してから交換した、新しいクラスメイトの連絡先。


 春先に切ったはずのショートヘアー。


 新調したはずのスマホケース。


 部活中にコケて擦りむいたはずの、額の傷。



 全部、「ここ」に無い。



 今ここにあるのは、過去に残してきたはずのものたちばかりで、もう二度と会うことはないと思っていた「時間」だ。


 久しぶりに会った友達の顔を見るかのように、1秒先の世界が懐かしい。


 そんな奇妙な感覚に囚われるのは、きっと人生でも初で、普通に生きてたら味わえないと思える経験が、記憶の中にある「時間」を通して伝わってくる。




 家に帰って、私は電話をかけた。


 「ちょっと出かけてくる」と二人に伝え、ダッシュで、ある場所に向かうことにした。



 「出かけるって、どこに!?」



 パーティーはどうするのかと聞いてきたが、それどころじゃ無い。


 私が電話した相手は、亮平だ。


 この今の状況を整理しようと努めてきたけど、控えめに言ってどうしようもない。



 亮平が未来から来たっていうこと。


 そのことを信じようとは思わないが、今の今まで、私の「記憶」になかったものが、あいつだった。


 いつもの日常の中で感じるような新しい色や時間が、今、あいつの中にあるような気がした。


 見覚えのあるこの「2013年」の世界の中で、一際異彩を放っていた、「未来から来た」という謎の発言。


 実際は「何言ってんだこいつ」って、思った程度だけど。



 亮平は家にいると言った。


 だから私はあいつの家に行くことにした。


 この異常な事態から、一刻も早く脱出したいという本能にも近い感覚に促されて、走る。


 あいつに会えばなにかわかるかもしれないと思った。


 ほとんど無意識の中で、足を動かしていた。


 夕焼けの見える空の向こうで、何かが始まる予感がしたのは、きっと「偶然」なんかではなくて、もっとずっと、必然に近いものなんじゃないかと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ