第36話
そうこうしている間に電話が鳴った。
…ウソ。
時刻は4時50分。
5時じゃなかったけど、あの日と同じく翔君からの電話だ。
私はその電話には出なかった。
それはほとんど反射的な行動だった。
「誰から?」
レジに並んでいる傍らでスマホ画面に釘付けになり固まっていると、横から母さんが聞いてきた。
「…友達から」
どうして「友達から」と言ったのかはわからない。
翔君とは友達でもなんでもないし、誤魔化す理由も無い。
素直にクラスメイトからって言えばよかったのに、咄嗟に真実を隠してしまった。
今日の夜、翔君に告白されて、私はそれを承諾した。
嬉しかったから。
片想いで終わるかもしれないと思った恋が、突然実った。
別に実らなくてもいいと思っていた恋。
春になったら、卒業と一緒に手放そうと思っていた恋。
そんな風に思っていた私に対して、翔君からの不意な告白が今でも思い出せるほどに衝撃的だった。
ほんの短い付き合いだったけど、翔君からの告白は、私にとって人生で最大の出来事だったんだ。
誰かに告白されるなんて思いもしなかったし、ましてやその相手が翔君だったということが。
今かかってきたこの電話に出てもいいけど、答えは決まってた。
前回のあの夜は、そりゃ天に召されるかなと思うくらい嬉しくて緊張したけど、今は全く状況が違う。
もう関わることはないと思っていたし、改めて話すこともない。
それなのに…。
電話は1回鳴ったきり、かかって来なかった。
折り返すべきなのだろうけど、折り返したところでなんて言えばいいのかもわからない。
「ごめん、今日は会いに行けない」って言えばいいの?
そんな嘘をついたって、お互いのためになるとも思えない。
チキンを袋ごとダンボールに詰めたあと、車に乗った。
記憶が電流のように凄まじいスピードで蘇ってくる。
この日、24日の、いつ、どこで、なにをしていたか、動画を巻き戻して再生するように、ハッキリとした情報が巻き戻される。
私は次の瞬間に何が起こるかわかった。
車は交差点に差し掛かり、次の信号を過ぎたところで、ハンバーガーショップに向かう。
パーティー前だと言うのに、梨紗が期間限定のイチゴショートケーキパイを食べたいと言い出したんだ。
私は耳を澄ませた。




