第33話
白と赤でコーディネートされた長方形のショーケースの中に、いつもとは違うラインナップ。
一番上から下までクリスマスの催し物がぎっしり埋まって、その棚の端に1つだけポツンと置かれている巨大な物体。
プリントアウトされた赤文字の『大特価!』というゴシック体に、クリスマスフェアーと書かれたローマ字。
記憶の中にある映像と驚くほどに合致する瞬間。
そうそう確かこんな感じだったと懐かしみながら、同時に雷に打たれたような衝撃を受けた。
いや、衝撃というよりは、これは「フラッシュバック」か。
フラッシュバックという言葉の使い方が正しいかは分からないが、とにかく自分の中にある記憶と、実際にある目の前の映像とが重なり合う瞬間が今、頭の中に流れ込んできた。
なにかを思い出す時、人は記憶を頼るしかない。
例えば、小学生の時の同級生の名前や顔がどんなだったかを思い起こすには、自分の頭の中に保存された情報を取り出す以外に、方法はない。
この巨大なチキンは、確かに、「私が知っている物体」だ。
一度見たことがある、そのフォルム。
実際に目の前にあるこの肉が、2013年のクリスマスに見たあの肉と「100%同じ」ものかを確認することはできないが、「見たことがある」と判断することはできた。
近くに行ってまじまじと見ていた。
ショーケースの中に入っているから、手で触ることはできない。
値段は¥3600。
約5kg。
gで換算すれば確かにお買い得なのかも。
ショーケースの前でチキンを凝視していると、梨紗が声をかけて来た。
「うわ!おいしそー!」
うわ…、しまった。
梨紗の目にとまってしまった。
確かあの日は、霜降りステーキが買いたいと母さんに催促している横で、梨紗が「すごいの発見しちゃった!」と言いながら、手招きして「こっちこっち」とはしゃいでいた。
そう、このショーケースの前で、このチキンを物欲しそうに見ていたのである。
「あかんで、梨紗」
「は?」
絶対にこのチキンが我が家に来る方向になりそうで怖かった。
チキンを買うことが悪いとは言わないけど、問題はそこじゃない。
あの日と同じ展開になることが、心のどこかで怖かった。
自分が過去にタイムリープしているなんて、絶対にあり得ないが、かと言ってこのチキンが我が家のものになってしまえば、いよいよ過去に自分が来ているという可能性が出て来てしまう。
それがなによりも怖かった。
タイムリープをすることが怖いんじゃなくて、タイムリープしているという現象を認めることで、なにか、大切な物が壊れてしまうかもしれない、と思った。
その「大切なもの」っていうのは、具体的には分からないけれど。




