第29話
「9月10日は、まだ来てないぞ」
亮平はそう言った。
…が、なんのことか分からなかった。
てっきり、今日が、「2014年12月24日」だと思っていたからだ。
亮平はスマホの画面を近づけて、カレンダーを見せてきた。
「今日は、2013年12月24日。楓が事故に遭うのは、今から半年以上も先の話だ」
…え?
確かに日付ではそうなってる。
自分のスマホも開いて、今日が「いつ」かを確認する。
視界に飛び込んでくる「2013年」の文字。
頭の片隅にもなかったその数字に、思考が停止する。
「キミはきっと、未来から来たんだよ。原因はわからないが、僕にとっては都合が良い」
…「都合が良い」って?
唖然としながら亮平に聞いた。
私が未来から来たって、なんでそんな平然として言えるわけ?
「まあ、まあ。落ち着いて」
「…落ち着けるわけないやん」
私の身の周りで起きてる非日常的な出来事に整理できる時間もないまま、訳もわからない情報が次々に入ってくる。
「ここは夢の世界だ」と割り切っていても、頭の混乱は増すばかりだ。
ほっぺたをつねっても、つねった分だけ痛い。
この「世界」が、まるで現実のことのように。
「キミは今、間違いなくここにいる。キミの食べてるイチゴパフェも、コーヒーに入れた角砂糖も、全部今、ここにある。キミの身に起こってることが「何」かを、僕は説明することはできない。だけど、少なくとも僕は、キミが死ぬ日を知ってる。キミが亡くなる時間を知ってる。それは50年先の未来で、1つの歴史として残ってる。僕のいる世界では、キミはもう存在していないんだ」
その言葉の全容を理解できなかった。
それに、「私が死ぬ」ってことも。
亮平が言うには、朝、あの交差点で、私はトラックに轢かれて亡くなったらしい。
その「出来事」を、自分の体が覚えているその「記憶」を、すぐ近くに思い出せる。
経験したこともないような衝撃は、トラックにぶつかったことだったんだと、話を聞きながら妙に納得した。
…たしかに、何かとてつもなく重たいものがぶつかった。
それが人や自転車でなかったことだけは確かだった。
…でも、それが本当にトラックだったのか、それを正確には思い出せない…
1つだけ分かることがあるとすれば、夢とは思えないようなハッキリとした意識だけが、目の前にあるということだ。
イチゴパフェの香りや酸味、トロけるような甘さが、夢とは思えないほどにハッキリ感じられるということ。
昔から変わっていない亮平のクセ毛が、「あぁ、そういえばこんな髪質だったな」って、不意に思い出せること。




