第17話
「…ちょっと空気吸ってくる」
外の空気でも吸ってこよう…。
流石に寒そうだからセーターを着た。
出した覚えのない毛皮のブーツが玄関に並べられてあったから、それを履いて、靴箱の横にある帽子ツリーから、マフラーを拝借した。
多分、これは梨紗のだ。
「どこ行くん?」
不思議そうにこっちを見ているお母さんが、玄関前の廊下で立ち止まっていた。
「わからへん」
どこに行こうか。
とりあえず新鮮な空気を吸わないと、今の状況を整理できそうもないと思った。
家を出て、市街地とは反対の方角を歩く。
私の住んでいる街は、神戸市の須磨区という所だ。
須磨は、海が見える街でもある。
徒歩で10分もすれば、海岸にたどり着ける場所に我が家はあった。
そのせいか、私はよく海に行く習慣があった。
海に行き、波の音を聞くのが好きだった。
高くなったり、低くなったり、波打ち際に響く色彩のコントラストみたいな音のパレードが、どこか懐かしい気持ちを思い出させてくれるみたいで、つい、砂浜に座って聞いてしまう癖があった。
それにしても、ついさっきまであった夏の直射日光が、すっかり息を潜めてしまっている。
というか白い。
真っ白だ。
何度も思うが、風は冷たいし、セーターの上からでもものすごく肌寒い。
服装ミスったな…。
でも、どうせ夢を見ているんだから、いっそ心の内側まで凍えたほうが、夢から覚める良い刺激になるかもしれない。
ひょっとしたらここが死後の世界というパターンも、可能性としては0ではないが、もしここが死後の世界なら、私はこれからどうすればいい?
海岸に繋がる通りに出て、真っ直ぐ海へと向かった。
こんな寒い時期に海に出かけるバカがいるとは。
っていうか、どうして海に行こうと思ったのかは自分でもよくわからないが、まあ、私にとっては「海=故郷」みたいなもんだしね。
途中、道沿いにスーパーマーケットがあって、住宅街が転々と。
長い一本道を下り、田んぼや畦道などの開けた土地が視界に広がったら、前方に瀬戸内海の海が見える。
先週、キーちゃんとキャッチボールをしに自転車でこの場所に来た時は、うねるような熱気の靄が海面スレスレを漂って、水しぶきが夏の日差しの反射材になりながら、キラキラと輝いていた。
それなのに、今日の海は薄暗く、みずみずしい青色カラーとはかけ離れた重たい紺色の色調が、海面の全てを覆っていた。
へんに静かな、というか、人気が無いもの寂しい雰囲気というか。
砂浜に下りる人たち用の駐車場スペース。
先週はこの場所も海に来た人たちの車でいっぱいになっていた。
神戸ナンバーも多かったけど、県外のナンバーもたくさんあった。
賑わいに賑わっていた夏の海が、すっかり錆れた雰囲気に包まれている。
駐車場に停まっている車は数えるほどで、もはや、この車たちは海に来た人の車じゃない可能性すらある。
当然、今この時間に砂浜にいるのは、私と、指で数えられるほどの人だけだ。
白い吐息が口から漏れる。




