第132話
怒っていない。
それはキーちゃんの目を見ればわかることだった。
「…その、ごめん」
「ナニガ?」
「突然お邪魔しちゃって…」
隣にいる人が、キーちゃんじゃないと思いながら、私の手は震えていた。
「冷蔵庫ニ、色々飲ミ物ガアルト思ウ」
キーちゃんの関西弁が、聞こえない。
ベットの上であぐらをかいて、スマホゲームに没頭している姿も、ガムを噛みながら大好きな野球漫画を楽しんでいる姿も、ここにはない。
いつもなら、宿題とか勉強に忙しい私に対して、ちょっかいを出してくるくせに。
「…ありがとう」
喉は乾いていなかった。
だけど間が持たなかった。
それで立ち上がり、冷蔵庫の中を見た。
コーラと、ファンタと、三ツ矢サイダー
…炭酸飲料ばっかりじゃないか
お茶はないのかと思い、物色していると、棚の上にポットがあるのが見つかった。
それから茶碗も。
お茶っ葉を入れ、お湯を注ぐ。
キーちゃんは何か飲む?って、尋ねた。
私は自分で飲めないから、と、彼女は言った。
「…ソレデ、ドウシテココニ?」
私はその言葉が、なぜか、…すごく悲しかった。
理由がなきゃ、会いに来ない。
そういうニュアンスに聞こえたからだ。
「…えっと、とくに理由はなくて…」
それは嘘だったけど、ただ会いに来たって、それだけを伝えようとした。
「ソウナノ?」
「…うん。元気してるかなって、思って」
彼女のメガネは、少しだけズレていた。
服はブカブカだった。
逞しかった褐色の肌は、嘘みたいに白くなっている。
「アリガトウ」
「…なにが?」
「ワザワザ会イニ来テクレテ」
意味がわからなかった。
何でそんな「言葉」を吐くのかが。
私たちは親友だ。
昔から、ずっと。
わざわざ会いにくる?
そんなの、馬鹿げてる。
…本当に、馬鹿げてる。
「わざわざって、…そんなこと言わんといて」
「…ゴメン」
なんで謝るの?
とは言えなかった。
そういうふうに仕向けたのは私だったから。
思うように喋れないそばで、キーちゃんは話題を変えてきた。
まるで、幼い私を見透かしたかのように。
「ズット待ッテタンダヨ?」
「…え?」
「楓ノコト。モウ会イニ来テクレナイカト思ッテタ」
それは、キーちゃんなりの「冗談」だった。
そうとわかったのは、「このアホ!」って、電子音に乗せて言ってきたからだ。
その「言葉」は、キーちゃんの口癖だった。
「会わないわけないやん…」
どうしてこの世界の「私」は、会いに来なかったのだろう。
意味がわからない。
想像ができなかった。
そこにどんな「理由」があるのかを。




