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雨上がりに僕らは駆けていく Part1  作者: 平木明日香
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第131話


 「会イニキテクレタノ?」


 「…え?」



 無機質な電子音は、音の豊かさは持っていないものの、「言葉」を伝えるだけの正確さは持っていた。


 キーちゃんがなにを言っているか、スムーズに聞き取ることができた。



 「久シブリダネ」


 「…あ、うん」



 目の前の彼女は、全くと言っていいほど表情を変えない。


 でも、目が笑っているように見えた。


 ほとんど無意識にそれを感じ取れた。



 「4年振リ、カナ?」


 「…」



 キーちゃんの言葉に、どう反応すればいいかわからない。


 何をしにここにきたのか、何のために会いに来たのか、整理できるほどの余裕はなかった。



 「ゴメンネ、ナニモ用意デキテナクテ…」


 

 突然現れた私に、キーちゃんは怒るでもなくそう言った。


 「ごめん」、と。



 キーちゃんにとって、「私」はどう映っているのだろう?


 それを考えるだけの余裕はなくても、私がここに来たことに対する事実の一端は、紛れもなくここにある。


 キーちゃんの言葉を聞き、感情が込み上げてくるのを感じた。


 それがどこから、一体何に対するものなのかの理由は、正直わからなかった。


 変わり果てた親友を見てしまったからなのか、あり得ない現実を目の当たりにしてしまったからなのか、…それとも、「この世界の私」が感じる感情なのか。



 一歩、前に踏み出せない足。


 キーちゃんよりも先に動けない口。


 なすすべもない私をよそに、キーちゃんは続けた。



 「ナニカ飲ム?」



 何も考えられなかった。


 だけど、反射的にその言葉に頷いたのは、断る理由がなかったからだ。



 『ごめん』…。


 なんでそんなことを言うんだろう?


 4年も会いに来なかった私がここにいるのに、彼女は少しも顔色を変えることもなく。



 …いや、今はそんなことはどうでもいい。


 ごめんを言わなきゃいけないのは私の方だ。


 「この世界の私」だろうが、「別の世界の私」だろうが関係ない。


 どうして、「久しぶり!」って言ってあげられないの?


 どうして、立ち止まったままなんだ…?


 たまらずに駆け寄った。


 1歩…、2歩…


 どう距離を詰めていいかもわからない…、けど、真っ直ぐ近づこうとした。


 出来るだけ大きな歩幅で。



 目の前に立った時、「自分で用意するから」と言おうとした。


 だけど言葉が出なかった。


 代わりに出たのは、沈黙だった。


 車イスの上のキーちゃんは、なにも言えない私を見上げるように、かろうじて動く眼球を上に向けた。


 私はただ怖かった。


 それは「恐怖」じゃなかった。


 キーちゃんを見て「怖い」と感じたのは、きっと、「恐怖」なんかじゃない…



 「…どうして?」



 手も、足も、口でさえ、自由に動かすことができない。


 彼女が何でそんなことになっているのか、わからない。


 触れる距離に立ちながら、手を伸ばすことができない自分が、どうして、…ここにいるのかも…



 「…久しぶり」

 


 振り絞って出した言葉。


 キーちゃんは返事をした。



 「…椅子ガベットノ横二アルカラ」


 「あ、…うん」



 折り畳み式のマル椅子に腰掛け、彼女を見る。


 感情が追いつかない。


 見たままの現実が、現実だとは思えない。


 私は信じたくなかった。



 「キーちゃん…なの?」


 「…ソレハ酷イヨ、楓」


 「…あ、いやっ、そう言うつもりやなくて…!」



 キーちゃんは、もう人前では笑えない。


 自分の意思をマウスで打ち込み、コンピュータを通じて「言葉」を発している。


 だから、彼女が今笑っているのか、泣いているのかもわからなかった。



 「ダイジョウブ。冗談ダヨ」



 

 

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