第123話
海沿いの砂浜の上に自転車を停め、ボストンバックからボールを取り出す。
風は涼しいくらいに気持ちよかった。
キーちゃんは準備運動を済ませ、大きく腕を振りかぶる。
「ほな、行くでぇ!」
20メートルほど距離を空け、彼女と向き合う。
一緒にキャッチボールをする時間。
キーちゃんとの、夏の日々。
病院に向かう道中に、彼女との「時間」を思い出していた。
キーちゃんは男勝りの性格で、亮平と衝突することもよくあった。
学校の、男子たちとも。
とても女の子には思えない言動に、小学生とは思えないほどのすごい速い球を投げる「ピッチャー」。
私たちの地元では、キーちゃんは有名人だった。
本気でプロ野球選手になりたいと語る彼女の腕から放り出されるストレートは、最速124キロを計測していた。
泥だらけのユニフォームで、坊主姿の男の子たちばかりで埋められたグラウンドで、一際異彩を放つ少女。
6年生で正捕手の座を勝ち取った私は、最後の夏にキーちゃんとバッテリーを組んだ。
“桜木町のスーパーウーマン”
神戸中央グラウンドを席巻する女の子2人が、全国大会行きの切符を掴んだのは記憶に新しい。
キーちゃんは自慢の友達だった。
自慢のチームメイトだった。
私にとってのスーパーヒーロー、
正義の味方、
そんな現実離れした“超常現象”にも近い存在が、「彼女」だった。




