第121話
亮平は唖然とした表情で私を見つめた。
その表情は、私には不可解以外のなんでもなかった。
「…お前、ほんまに記憶を無くしたんか?」
「せやから、記憶を無くしたとかやなくて、「過去」から来たんやって…」
「過去…って、言われてもやな」
「どうやったら信じてくれるん?」
「…いや、まあ、信じんとまでは言わんけども…」
「信じてや!」
「…うーん」
思い切って、具体的なことを伝えようとした。
夜になるまで一人で考えて、記憶を整理してみたんだ。
最後に、——この世界に来る前の最後に、見た「映像」。
眼光に焼きついた、キーちゃんの姿。
「キーちゃんに会いたいんや」
その「言葉」が出たのは、ほとんど無意識だった。
でも、キーちゃんに会えば何かわかるかもしれないと感じたのも事実だ。
だから言った。
「キー…ちゃん?」
「まさか、キーちゃんを知らんとか、さすがに言わんやろな…?」
私たちは友達であり、幼馴染であり、親友だった。
——兄弟みたいなものでもあった。
『3バカトリオ』って言われるくらい。
だから、さすがにキーちゃんを知らない亮平なんて、あり得るはずがないと思った。
色んなことが起こっているけど、それだけは絶対にない。
——そう信じて疑わなかった。
「…忘れるわけないやろ」
「…はぁ、よかった。んで、どこに今おるん?」
「…どこにおるって、正気かお前」
「は?」
「千冬は今、療養中やろ…。岡山大学病院で」
亮平が言った言葉は、通り過ぎるように耳の中を駆け抜けた。
神妙に話す声の震えが、まっすぐ見つめる亮平の視線と合わさりながら、「音」を届ける。
その「音」が、何か尋常ならざる現実の鋭さを持って通り過ぎたとき、頭が一瞬真っ白になった。
「療養中」。
その言葉の意味を理解するのには時間がかかった。
「どういうこと?」と、すぐには口に出せないほどに。
「岡山…大学、…病院、って、…なんで?」
「…なんでって、そりゃッ…」
次にしゃべる言葉が見つからない。
そんな様子だった。
だけどその先の「真実」を、亮平は教えてくれた。
一呼吸置いてから。
「…病気になったからやろ?」
「…ビョーキ??」
「…せやから、高3の時に、ALSを発症したやろ…」
「ALS…?」
聞き慣れない言葉すぎて、どう反応すればいいかもわからなかった。
キーちゃんが病気になっていると言うだけでも想像が難しいのに、聞いたことがない単語を言われても、“それがどんな状態か”を理解することなどできなかった。
亮平から話を聞き、私は岡山に発った。
何泊か泊まれるお金と、荷物を持って。
雨が降る予報の日の、朝に。




