第119話
「楓?」
「か、母さん?!母さんよな??」
「…え、そうやけど?」
「…はぁ、よかった」
予期しないことが次々に起きて、どうすればいいのかもわからなくなる。
だから、母さんの声を聞いて安心した。
「どうしたん?」
「…え?…あ、えっと」
そのうちに電話は切れた。
だけど、すぐにスマホにかかってきた。
着信があるときは、スマホはパスコードがなくても応答ができる。
しめた!
と思い、画面をタッチする。
「も、もしもし!?」
「…なんや、今いたずら電話がかかってきたんやけど?」
「いたずらやない!私や!」
「…なんや、騒々しいなぁ。ほんまにアンタか?」
「そうや!私や!」
「ほんまに?…新手のオレオレ詐欺やないやろな?」
「ちゃうちゃう…!この声に聞き覚えあるやろ!?」
「…うーん、なんとも言えんけど。…てか、なんで公衆電話からかけてきたん?」
「…パスコード忘れたんや」
「は?バカなん?」
「うっさい…。スマホ開かんくて、困ってたんや」
「亮君はそこにおらんのん?」
「亮君…?あー、仕事に行った…」
「…ドコモショップに行きんさいや」
「いや行くけど、今はそれどころやなくてやな…」
母さんに、なんて言えばいいだろう?
そればかりが頭をよぎった。
自分がタイムリープしていること、亮平との結婚、知らない「世界」。
そんな異常事態を「声」に出しても、絶対にわかってくれないだろう。
…わかってくれないというか、どう説明していいかもわからない。
とりあえずしゃべらないと…
「記憶が、…ないんや」
「…はぁ!?」
スピーカー越しに聞こえてきた。
あからさまに困惑している様子が。
かと言って、…もう遅い。
話し続けなきゃいけないと思った。
「…その、バカなこと言ってるのはわかるよ?でも、ほんとなんやって」
「…ほんとって、…どういうこと??もう一回言うて?」
「せやから、記憶が無くなった!!」
沈黙が流れた。
唖然としている、——そんなところだろうか?
静止した時間のそばで、母さんは不思議そうに声を漏らした。
「…なに言うてるん?」
「…えっ………と」
そのあと会話がうまく噛み合わなかったのは、想像に難くない。
母さんに説明するのに、1時間はかかった。
ぶっちゃけ、説明できたかどうかと言われれば、100%説明できてない。
でも、…「記憶がなくなった」という話は、一応理解してくれた…とは思う。
色々話を進める中で、思いつく限りのことを話した。
どっから記憶がないかとか、学校のこととか、亮平との馴れ初めとか。
今家族はどうしているのか、…とか、そんなことも含めて。
その過程で、母さんから色々聞いた。
この「世界」のこと。
「過去」のことを。
その「話」は、まるでおとぎ話みたいだった。




