命名
父の悪戯によって転生させられた・・・らしいデイライトは、布団の上。
自分の置かれた状況と、父の思惑について考えていた所に、階段を登る一つの足音。
どうやら、家主が来てしまったようで・・・
―――何だか、腰が痛い。
デイライトは、この過度に低いベッドが気になって、眠れない。というか、眠っていいのだろうか。
父は、もう一度やり直してこい、そう言った。絶対にだ。
僕は基本的に一度読んだ情報を暗記できるという、謎の特技もしくは異能力を持っている。
・・・見聞きではなく読みであるため前者だろうが。
辞書の内容を全て覚えている自分にとっては、単語の意味など朝飯を通り越して昨日の夕飯だ。
ただ今となっては、辞書を引くこともできず、暗記に勤しんでいたあの頃(約一週間と3日前)が久しい、といった所。
朝から晩まで――場合によっては朝まで、辞書や辞書、辞書に辞書、そして辞書なんかを読んでいたものだ(約一週間と3日前)。
だーかーら、「絶対に」というワケだ。
といっても、記憶は理解とイコールで結ばれてはいない。 全く、父の思惑が分からないのだ。
僕はこうして生き返ったような体験が出来て歓喜はしていたのだし、父には感謝しているが、彼は単なる父子間の愛情だけで、こうなるよう計らってくれたのだろうか。洪水のように溢れるbe動詞と「?」が、頭を埋め尽くす。
「ドタッ」
そんなことより、
―――不味いまずいマズイマズーイ!
ドタ、ドタ、・・・
この音は、明らかに階段を登った際に鳴るものだ。
この木造家屋が二階建てであることは、窓の外を見ていれば分かる話で、実際そうだと思っていた。つまり羽でもついていないと二階には行けないということで、階段はあるハズで・・・
階段を踏む音は近づいてくる。調節ねじでも回しているように、段々大きくなりながら。
―――どうしようどうしよう!
家主は、いやこの世界の方々は優しいでしょうか。
・・・なんか嫌な予感しか起きないんですが。
一応何というかは考えておこう、というかまず通じるのでしょうか?
そんな雑念を取っ払って、僕は家主とコンタクトを取ってみようと思っていた。
階段の音はまだまだ大きくなっていく。僕の心臓の音とリンクして。
だが、一度止まった。階段ゾーンは終わってしまったのだ。階段を登り切った家主は、もうドアの前で立っている。
後は無い。―――覚悟を決めろデイライト!
ドアノブを家主が握る。
握ったということが、少しノブが揺れたことによって分かる。
―――あーなんで僕はこれ程まで動体視力が良かったんだろう?
そんな変化に気づいてしまう自分を呪ろろろろ・・・
―――まーた父上の仕業だな殺ろろろろろ・・・
少しずつ、少しずつ・・・ドアノブが回っていく。ドアノブの軋む音に心も軋みそうだ。
というかただのファーストコンタクトでビビりすぎなのかもしれない。彼(もしくは彼女)が好意的ではないとは決まっていないのだから。
遂にノブは回り切り、ドアが押し出される。ドアは、蝸牛程のスピードだが、確実に開いている。
家主の声も聞こえる。何か話しているように聞こえるが・・・独り言だろうか。
ドアはもう開き、遂にご対面の時となった。
―――落ち着け、落ち着いていこう。きっと優しい。
目が合った。
明らかに表情が変わっている。頬は引きつり、何かバケモノでも見るような目で見つめてくる。
―――だが怯むなデイライト!話通じるってきっと!
・・・・きっと。
「あ!スイマセーン。ちょっと道に迷ってしま―――」
「な・・・・」
―――待て待て待て、あれ絶対ヤバい奴ですよ!
怒り心頭か放心状態かだって!
明らかに彼――多分、男性――は困惑している。顔に張り付いた皮膚がゴムみたいに伸びている。
―――さっきよりも顔が引きつっているように見える方、お使いの眼球は正常です。
ここは相手の反応を伺いたい所なのだが、こちらから話さないと恐らく相手は反応しないだろう。もう一度、デイライトは【勇者】みたいに己の覚悟と勇気を振り絞る。
その前に相手から反応があった。
「は、ハロー(笑)
あい・・・あいむ?どんと・・・トーク、
(英語って英語でなんだ?えーっと・・・教科書もっと読んどけよ俺ぇ)
あ、どんとトーク・・・えいご!」
彼が慣れない異国語で会話しようとしているのは流石に分かったが、―――ぎこちなくないですか?
デイライトは慣れている自国語で、
「だ、大丈夫ですよ、この言語で。僕、道に迷ってしま―――」
「―――なんだ、日本語でいいなら早く言えよな、ボク。」
【道に迷った作戦】が通用しなかったのはメンタルを突き刺したくらいのダメージでしたね、残念。
というより、ボクとは何なのだろうか。あちらでも童顔とは言われていたが、何もボク、だなんて。
非道だろ。
「ちょ、何で僕はあなたにボク、なんて言われなきゃならないんですか?」
咄嗟に思いついた質問ではあったが、一応言ってみた。だが疾風の如き勢いで来た返信は、思わず笑ってしまいそうなくらいのものだった。てか笑った。
「だってお前、自分のことボクって言ってるだろ」
「「ハハハハ」」二人して笑い始めた。
まさか一人称について言及されるとは・・・
だが自分の顔についてでは無くて良かったとは思っている。あちらではかなり馬鹿にされていたから。
「僕にはちゃんとデイライトという名前があるんです!」
「へぇー、じゃあデイルね」
デイルというのは、恐らく僕の名前から取ったニックネームだろう。アンジェリーナをアンジーなんていう、あれだ。
「ちょっと、速すぎませんかぁ~」
ノリツッコミが形成されつつあることに、深い疑念を覚えた。
彼は希野照といった。
金色に輝く髪には、よく櫛が入っており、さらに艶を際立たせる。身長は僕の5cm上くらいのようだ。白Tの上に羽織るのは、深い森林みたいな緑色のジャケットで、青色のジーパンを穿いている。高い鼻の下には甘そうな唇、二重の大きな目はまっすぐ僕に向かう。
一言で表すと、【陽キャ】ってやつだ。
別に自分が根暗だとか思っているわけではない。王宮暮らし→戦乱→王宮暮らし→チーン、という生涯だったから、ただ遊ぶ暇が無かっただけのことだ。
―――あんま関わりたくないタイプだなぁ。
彼には、この世界のことも少し教えてもらった。
ここは【地球】という惑星の、【日本】という国、地名は、【炭田市 灰島町】というのだそうだ。
例の特技、【暗記】があったがそんなゴミ特技書かないと使えない産業廃棄物クラスのものだから普通に覚えようと思って覚えたらすぐ覚えることができた。
言語が共通のものであったことは、僥倖であろう。こちらでは【日本語】、ムスペリアでは【ムスペル語】と呼ばれている。固有名詞にはまだ疎い所がある、勉強が必要だろう。
僕のことについて、彼はやはり知らなかった。初対面で頭のおかしい奴だと思われることを避けるため、火徒の王だというのに・・・といった考えは捨てたほうが得策なのかもしれない。
一応自分についての共通理解をしておいた。
名はデイライトで、ニックネームはデイル。姓は無い。
一応、姓というのは考えておいたほうが良いのかもしれない。案として、彼は自分の苗字を出してきたが、デイライトにもデイルにも合わないから却下した。
「お前、デイライトが名前か?」
照がクッキーをかじりながら言う。少しこぼれている辺りが、彼の美形な顔とのギャップを感じさせる。
「はい・・・姓は無いですが」
僕もクッキーをかじっていた。このお菓子は、バターの甘味とサクサクした食感がなかなかイケる。ちなみに、プレーンの味とチョコレート味とがあった。
「うーん、(どうするかなー)」
アリのような小声で照が何か言っているようだ。嫌な予感がする。姓でも決められるんじゃ―――
フラグを立ててしまった。
「なぁデイル、苗字決めよーぜ」
やはり予感は当たっていた。その上、自分でフラグを立てるとは、不覚。
ここで、「だが断る」なんていったらアイツマジギレするかもしれないし、ここは話に乗っておこうと思う。「は、はい」
「じゃっ、俺から一個提案!
【希野】がいいと思いまーす!」
この方はお揃系の腐男子かと思ったが、違うだろう。もちろん、【希野】は彼の姓だ。
まず、希野デイライト――または希野デイル、センスの塊も無い気がする。そもそも【英語】――あちらでは【ニブル語】と呼ぶ――に、【日本語】は合わないだろう。しかもリズム悪いし。
僕は二つ目のクッキーを食道に流し込んでから、
「自分の姓なのでとやかく言いますけど、センス、って知ってます?」言う。
「おいおい、さすがに分かるぜ、デイル。
なんつったって、俺は二校を仕切る【キラ】なんだからよ」
彼にもプライドがあった、とデイルは納得します。
二校、というのは彼の通う高等学校らしく、正式には【炭田市立 第二高校】といった名前だ。生徒数は800人を軽く超え、体育会系の生徒が推薦で数多く入ってくるとのことだ。まぁ、逆に言うとおバカ高校なのだが。
そこを仕切るのが、【キラ】こと希野照だ。仕切る、と一重に言っても、彼の周りに人が集まってくる感じらしい。(彼は二重だ)
「僕的には、もっと英語で考えたいんですよね」
僕は、とある一つの姓を思い浮かべていた。地獄より忌まわしい、あの肩書。
「じゃあ、アストレイ。
今日から僕は、デイライト=アストレイです。」
「おうよ!」
「改めて、よろしくお願いしますね!」
「ああ、よろ!」
忘れていた。過去形でもあり現在形でもある一つの疑問がある。
―――僕、勝手に居候していいの~~~~
また会いましたね。毎度の如く、白州ダイチです。
今回は、デイルと照の出会いと打ち解け、そしてデイルの命名まで。
工夫した点として、代名詞があります。火徒、という種族については【人】に関した代名詞を避けているんですよー。そこにも注目してみて下さい。
読んで頂き、ありがとうございました!
白州ダイチ