プロローグ
―――死、とは一体何なのでしょうか。
辞書を引くと、人間をはじめとした動植物に対して「命や生命が無くなる」という意味と、無機物に使うような表現として「使い物にならない」という意味があると分かる。
命や生命が無くなる、というのは生命活動の停止ということだろう。
生命活動を止めること程、楽な作業は無いかもしれない、何故なら、脈を切るか、首を吊るか、――それはつまり死ねばいいのだから。
―――では、【死】とは本当に何なのでしょう。
中世のとある都市では、死体が吸血鬼となり、あたかも生きているかの様に動き出すという話があったそうだ。
あくまでそれは伝承ではあるが、生きていると伝えられた点が不可解だと思う。
何故か――これは遺体に意識があるのか無いのか、つまり、その死亡者が死んでいる/いないという疑問について暗示しているのだから。
意識があるなら本当の意味で死ぬことはない筈である。ただ、言葉の通り生き地獄なのだろうが。
というと、やはり【死】は概念的なものなのだろうか。命が止まれば水蒸気のように儚く消えてしまうといったこともなく、誰かの記憶や心に刻み付けられれば、生き続けるものなのだろうか。
「ふぅー」僕はため息をついて、暗がりに敷き詰められている硝子板へ腰を降ろす。
それが自分の心を表す硝子のようで、気持ちは下がる。もう一度ため息をつく。
―――硬いなぁ。
死んだハズの【デイライト】は、心の部屋で感傷に浸ってみたり。
【ムスペルヘイム】、という世界があることをご存じだろうか。
木々だけでなく生命の繁栄を許さぬ様な気候に、ただ延々と荒野が広がる。ただ一つのオアシスと呼べる場所――【唯一帝国】には人が尽きることがない。
といっても、この世界にオアシスが必要なのかといっても、一概にそうとはいえない。
理由は、この世界を根城とする種族が【火徒】、別名サラマンダーだからである。
火徒という種族は、体格こそ他種族に劣ってはいるものの、熱だけでなく冷気にも耐えうる冒険者のような屈強な身体と、火炎属性への適正を持ち、帝国騎士にも多く選出される程に優秀なものだ。
・・・伴侶にしたい、なんていう他種族の者も多いことでありけり。
火徒の皇帝であったデイライトは、その血塗られた経歴と性格から、【邪皇】と呼ばれていた。
だが、それは一部の大臣が彼を揶揄し、民衆へそれが広まっただけの事である。
本当は、めっちゃ優等生くんだ。
第一皇子として生まれたデイライトは、ドゥぅブであった先代皇帝の血を引いているとは思えない程にやせ細っていた。(これを、皮肉と呼ぶ。)
侍女やメイドは、彼を見て驚きのあまり走り回り回ったのだという。
問題を孕みながらも、デイライトは健やかに育っていった。
だが、とある事件によって、彼の人生は違った形の皇道となっていった。
父が死んだ。
先代皇帝であった彼の父は、クーデターに巻き込まれ、【ムスペルヘイム】を去ることとなったのだ。
「コヤツは、ちっこい割に背は高いからなぁ。
肉でも魚でも食っとけ。
・・・【死】、って何だろうな。まぁいい。
それじゃあな――――」
デイライトは、特に動じることも無かったそうだ。
ただ一滴、涙を流して。
デイライトは、王宮を追放されてから、とある計画を立てた。
【皇宮をぶっ壊す】
単純に、皇宮へと乗り込んで人を斬るだけの計画だ。
だが、剣の腕は王宮随一といわれ、魔法も扱えるデイライトにとっては造作もなかっただろう。
実際、乗っ取るに至ったのだから。
こうして、【邪皇】デイライトは誕生することとなった。
だが、1か月で野望は潰えた。
反逆の際に、デイライトは殺しすぎたのだ。おそらく2~300程だろう。
その異変に気付いた天界の主が、一人の天使を派遣する所まで、状況は詰めていた。
剣と剣の戦い。
割りいる者はいない。何故なら、割り入れないから。
片方は勿論、邪皇だ。もう片方、突風のような突きを繰り出しているのはというと・・・天使に見える。
今にも飛び立てそうな白銀の羽に、煌びやかな剣。胸や腿を覆っている金属のアーマーは、思ったよりも金属味が無く、どちらかというと宝石を連想させる。端正な顔立ちと、羽とは対照的な、眩い金髪。天使の中で最も強く、同時に最も神の寵愛を受けるとされている――【勇者】の特徴だ。
神は、たった一人の青年、強者であっただけの青年を殺すためだけに、【勇者】を派遣したのだ。
「くっ!」
―――剣が打ち合う音。
「あなた、中々の・・・・手練れですね!」
「そう、かい!
そりゃ・・・どぅもぉ!」
言葉を交わす暇も無い程に、双方の剣撃が交差する。それは、十字架のように。
この終わりの見えない決闘――デイライトでなければ虐殺の類――は、永遠と思える時間、続いた。
しかし、先に剣の重みを受けたのは、デイライトであった。
彼は火徒だが、火徒であるが故に、天使には勝てない。上位互換であるといえる【勇者】も、同じ理由だ。
【スタミナ】から違うのだ。
デイライトら火徒は、屈強な身体など持っていても、所詮生身なのだ。それに比べて、天使達は生身ではない。
この際、軍配が上がるのは【勇者】側となる。
剣の重みに耐えられなかったデイライトは、敵の前で跪くこととなった。
―――力が、チカラが剣に入らない・・・
【勇者】の剣は、もう目の前まで来ている。
剣を取れば、一か八かの賭けだが防げるかもしれない。取らなければ、首が飛ぶこととなる。
たった一瞬の隙であったハズなのに、いつしか時間が長く感じて。
処刑みたいだ。
―――諦めるのか僕?
―――諦めたい?
―――そんなこと、僕自身が許さない!
悪者側の勇者は、剣を掴み、賭けた。
―――脳を動かせ。精一杯の力を腕に。
剣のエフェクトが走馬灯みたいで、当てるのも憚られる。
だがちっぽけな勇者は、勇気を出した。相手の剣の通るルートに、剣を振りかざした。
しかし。
剣が交差する―――かに思えたが、そのまま切っ先は魔王に。
剣は折れていた。
己もとっくに折れていた。
白い絵の具が、黒い絵の具と調和せず、色をかき消していく。
吹き散る血。
首。
―――デイライト。
これは・・・父の声だろうか。
―――お前は、死んだ。
そうです、父上。
僕が惨めに見えますか?
―――いいや。
首が痛いんです、父上。
そろそろそっちに―――
どうして止めるんですか?
どうして、父さん!?
―――お前のような半端者に、こっちはまだ早えーわ。
―――さあ、プレゼントだ。
―――もう一回、
もう一回、行ってこい!
デイライトは、父が残した最後の悪戯を、快く受け取った。
―――光が、眩しい。
―――ここ・・・は?
気が付くと、魔王は過度に低いベッドの上。
なんか、寝ていた。
筆を執りました!白州ダイチと申します。
今回は、頭のノートにあったアイデアを、ポリゴンの文字にしてみました。
ニュービーです。お手柔らかに。
「こと」や「ようだ」等怪しい点ございます。
出来れば教えてほしい所存でございます。
レビュー、お待ちしております!
白州ダイチ