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変わらない景色

 この町の役場の職員をしているという三久の父親の慎太郎(しんたろう)さんが帰ってきたところで、夕食の準備が着々と進められていった。


 慎太郎さんも、俺がこの時期に帰ってくることは祖母から聞かされていたようで、こちらへ帰ってくるときに、ものすごく立派な鯛を持って帰ってきた。


 次々とテーブルに置かれる肉、肉、野菜、肉、そして鯛の刺身……ただのバーベキューにしては、さすがに豪華すぎないだろうか。後、肉が多い。


「遥くんも、遠慮せず食べてくれていいぞ。おばあちゃんからも、ちゃんとお金はもらってるんだから。はい、これ、地元産の和牛サーロイン」


「は、はあ、どうも」


 俺の皿の上へ、慎太郎さんが豪快に焼いたステーキ肉をのせる。


 滴る肉汁と油……一目見ていい牛肉だとわかる。箸で軽く切れるぐらいだから、相当だろう。


 俺も、普段であれば遠慮なくかぶりついていたと思う。


「……遥、どうかしたかい?」


「っ、いや、なんでも」


 祖母に顔を覗き込まれたのに気づいて、俺は肉を小さくかぶりついた。


 塩胡椒がしっかり振られているはずだが、噛んでも噛んでも、イマイチ味がしない。


 そして、これだけ柔らかいのに、喉を通っていかない。


 今日はゼリー飲料しか口にしていないから、空腹であることは間違いないのだが。


 とにかく、せっかく慎太郎さんや三枝さんが準備してくれたのだから、残すわけにはいかない。


 気合で皿の上の肉や野菜をかきこんで、一気に水で流し込んだ。


「おお、遥くんいい食べっぷり。さすがに若い子は違うなあ」


 と言いつつも、俺より慎太郎さんのほうが相当食べている。三枝さんもすごいペースで肉を平らげているし……パワフルな家族だ。


 当然、三久はそれ以上だろうと思ったのだが。


「あら? 三久、どうしたの? 全然食べてないじゃない。この前友だちとやった時は、こっちが心配するぐらいお腹パンパンにして――むぐぐ」


「え? なに? 私はいつもこんなモンでしょ? もう、お母さんったら」


 控えめに笑いつつ、三久が三枝さんの口を手で塞ぎ、そして、何か言いたげな顔の慎太郎さんを、目で制している。


「三久ちゃん、遠慮なく食べな。三久ちゃんぐらい若い子なら、運動すりゃすぐに元通りになるんだから」


「お、おばあちゃんまで……!」


「なあ、遥もそう思うだろう?」


「なんでそこで俺に話を……」


 若い女の子に体重の話云々は禁句レベルなのは俺でもわかる。


「まあ、我慢して食べずにストレスを溜めるのも逆に体に悪いそうだし、三久が食べたいんならそれでいいんじゃないか?」


 それに、一杯食べて幸せそうな顔をしているほうがずっと三久らしい。


「ほら、遥くんもそう言ってることだし」


「えと……じゃあ」


 そう言って、三久は三合ぐらいありそうな白ご飯の上に、バーベキュー前に仕込んでいたらしい鯛のづけを大量にのせて戻ってきた。


 我慢せずに食えと言った手前止めるつもりはないが、それはさすがに食べすぎでは。



 ※



 めいめい食事をある程度済ませた後、俺はいったんお手洗いへと向かった。


 目的は、もちろん――


「――げほっ、ごほごほっ……」


 食欲がない中、何の味もしないものを無理に胃に詰め込んだので、当然こうなってしまった。


「環境が変われば多少はマシになるかなと思ったけど」


 むしろ、ひどくなっている。



 ――やはりお前はダメだな。失敗だった

 ――おいおい、いつまでここにいるつもりなんだ? 



 誰かさんたちの声が、幻聴のように頭に浮かんでは消える。

 実家にいたころ、嫌というほど耳にした言葉。


「――俺だって、頑張ってないわけじゃない」


 だが、結果は最悪なものに終わり、そして、祖母の家のお手洗いで胃の中のものを全部ぶちまけている。


 本当に俺は、何をやっているのか。


「……そろそろ戻らないと」


 いつまでもトイレにこもっていたら、さすがに心配されてしまう。


 祖母も、早谷家の人たちも、こんな俺を受け入れてくれるいい人たちだ。


 これはあくまで自分の問題。迷惑をかけるわけにはいかないのだ。


 しっかりしなければ――。


「――おにちゃん、」


「っ……と、三久」


 ハンカチで綺麗に顔をぬぐい、口を綺麗にゆすいでからトイレを出ると、ちょうど三久が玄関の前に立っていた。


「ごめんね。食欲無かったのに、無理させちゃって」


「やっぱり、バレてたのか」


「わかるよ。だって、ずうっと見てたもん」


 そう言って、三久は俺にあるものを差し出した。


「瓶のコーラ」


「近くにまだ置いているトコがあって。……飲み物なら大丈夫だよね?」


「それならまあ……」


 三久から瓶と栓抜きを受け取って、栓を開ける。


「お、今度は一発だね?」


「当たり前だろ。いくつになったと思ってんだよ」


 からかうように言った三久に少しむっとしつつ、俺はぐいっとコーラをあおる。


 冷たくて甘い、独特の風味が喉を通り抜けた。


「……おいしいな」


「でしょ?」


 それまで味を感じなかったのに、唯一、これだけはしっかりとそう思った。


 昔の記憶そのままの風味。


「そういえば、最初におにちゃんと飲んだやつはあんまり美味しくなかったね。ぬるくなっちゃっててさ」


「あれはお前が邪魔してきたせいだろ」


「え~? あれはおにちゃんの栓抜きが下手だったせいでしょ? 私はできたもん」


 薄暗くなった玄関の踊り場に腰を下ろして、俺と三久は昔の思い出について語り始めた。


 冗談でも言い合うようにしゃべりながら、当時のことを徐々に思い出していく。


 三久と話すうち、気づくと胃の気持ち悪さが徐々に収まっていった。


「ねえ、おにちゃん」


「ん?」


「――今の私、どうかな? 変わったかな?」


 いったん背を向けて立ち上がり、こちらを振り向く三久。


「う~ん……」


 それなりの月日が経ったのだから当然変わっている。ライトブルー……じゃなくて、ちゃんと女の子になっていると思うし。


 だが、彼女が言いたいのは、そういうことじゃない。


 三久の問いに、俺は首を振った。


「――いや、変わってなくて、ちょっと安心した。おばあちゃんも、おじさんおばさんも、それから三久も」


 成長して視点は変わったが、玄関や、そこから見る外の景色はちっとも変っていない。



『おにちゃん、あそぼ!』



 毎朝、しつこいぐらいにいつもそう言って、勝手に玄関を開けて笑っていた三久の姿。


「……なあ、三久」


「なに?」


「食べるもの、まだ残ってるか? 今ならちょっとだけちゃんと食べれる気がするから」


「料理はほとんど食べちゃったから……あ、じゃあ、一緒にお菓子食べようよ。つい最近、コーラと一緒にいっぱい仕入れてね……ほら、いこっ!」


「あ、おい……!」


 俺の手首を掴んで嬉しそうにスキップする三久の後ろ姿。


 それが、昔の三久と重なった気がした。


「――ありがとう、またお世話になるよ」


「え? なにか言った?」


「いや、別に」


 心の中で三久に感謝を呟いて、俺はバーベキューの輪の中へと戻っていった。

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