いじいじ
引っ越しの荷物は先に届いていたため、夕飯前にある程度整理しておくことにした。
俺の部屋は、二階の空き部屋になる。
もとは母親の部屋だったようだが、俺のために、祖母が綺麗に掃除したという。
ダンボールの中身は参考書類が中心で、テレビやパソコンといったものはない。
ゲームや漫画――無論、ない。
というか、小説すら置くことを許されていなかった。
教科書と学習塾の参考書に、それと赤本。
小中高、それが俺の学生時代の全てだった。
浪人生なので、その生活も一年延長だ。
「またお世話になるよ」
もっとも大きなダンボールをばらすと、良く使い込まれた学習机がお目見えする。
文字通り、かじりつくようにしてこの机に向かって勉強した。俺が5歳の時から一緒だから、かなり丈夫でいいものだ。
もしかしたら、三久よりもこっちのほうが幼馴染かもしれない。
新しいものを買っても良かったのだが、どうしても見捨てることができなかった。断捨離出来ないタイプだなと、俺は一人きりの部屋で自嘲する。
「よし、っと。こんなもんかな」
六畳ほどの畳の部屋の窓際に机を寄せ、その横に本棚を組み立てなおして、持ち込んだ参考書類を並べる。こちらでも新たに予備校に入る予定なので、今はすかすかの本棚も、じきに隙間なく埋まるだろう。
「遥、ちょっとおいで」
「あ、うん」
ある程度荷物整理が終わったところで、祖母に呼ばれた。
そろそろ夕食どきだが、そういえば誰かと一緒に食事をするのなんていつ振りだろう。
両親は仕事で忙しいし、兄や妹もそれぞれやることがあったので、一人で食べることがほとんどだった。たまに食べない時も。
「あらら~、遥くん、久しぶり~。おっきくなったわね」
「あ、えっと……三枝、おばさん?」
三久がいるのだから、もちろんこの人もいる。
早谷三枝さん。顔を見れば一発でわかるが、三久のお母さんである。なにせ、三久がそのまま年齢を重ねたような姿をしているのだ。
「遥くんが今日帰ってくるってミサヱおばあちゃんに聞いてたから。外でバーベキューでもしようかなって思って」
大量の肉と野菜が詰まった袋を見せて、にっこりと笑う三枝さん。
「え、それは嬉しいですけど、バーベキューなんて近所迷惑じゃ……」
「あらまあ、遥くんったら都会っ子らしい反応。でも、心配はご無用。だってここらへん、周りはウチとおばあちゃんの家しかないんだから」
「あ」
そういえばそうだ。
ついつい東京の実家にいる感覚で口走ってしまったが、火を起こそうが煙を立てようが、火さえきちんとしておけば迷惑のなりようがない。
「最近はこういうことめっきりしなくなったけど、ま、こういう時ぐらいはね」
家主である祖母が言うのなら、俺は何も文句はない。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「ふふ、そうこなくちゃ。もうすぐお父さんが帰ってくるから、準備ができたら呼ぶわね。三久、よかったね! 遥くん、オッケーだってよ!」
「かっ……!?」
三枝さんが大声で、早谷家の玄関扉から遠巻きにこちらを見ていた三久を呼ぶ。
「なんだ……?」
なんだか、三久の様子がおかしいような。
俺の記憶が正しければ、こういう時、まっさきに肉を両手に突撃してきそうなものだが。
どうしてあんなに恥ずかしがっているのだろう。
「あらあら、うふふ。ねえ聞いてよ、遥くん。さっきの三久ってばおかしいのよ、帰ってくるなりねえ……」
「お、かー、さん!!」
先ほどドタバタとやっていた時のことだろうか。楽しそうに喋ろうとする三枝さんを阻止すべく、三久が全速力でこちらに向かってきた。
なんだかフォームがものすごい様になっているが、運動部にでも入っているのだろうか。
「ご、ごめんね。お母さん、余計なことばっかり」
「あら、余計なことなんかあるもんですか。せっかく遥くんに三久のことおしえ――」
「だっ、だからっ! そういうのいいからっ!」
「もう、三久ったら、変なコねえ」
クスクスと笑いながら、三久に背中を押されつつ三枝さんがその場を後にした。
「じゃあ、あの……おにちゃん、また後で」
「? ああ、うん」
そう言って、三久もそそくさと俺から離れていく。
なぜだろう。先ほどとは打って変わって、三久がよそよそしい。
「ふふ……いや、若い。若いねえ。昔の私とおじいちゃんの若いころを思い出すよ」
「えっと……?」
祖母も祖母で俺のことを見てニヤニヤしている。
本当、なんなんだろうか。