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初日

 大人たちの了解を得たところで、三久は早速、これから一週間滞在することになる空き部屋の掃除に取り掛かった。もちろん、俺も手伝う。


「おにちゃん、部屋の荷物は、全部車庫の方にもっていけばいいんだよね?」


「うん。せっかくだから引き取ってもらうってさ」


 ダンボール箱には、色褪せてきれなくなった服や、故障した扇風機など、時代を感じさせるものがいくつもある。ははががくせいじだいつかっていたとおもわれるせいふくに、それからきものなどもあった。


 ……まあ、俺が色々考えてもしょうがない。最終的にどうするかの決定権は、祖母にある。


「んしょ、んしょ」


「三久、そんなにもって大丈夫か? 時間はあるんだから、一個一個でいいんだぞ?」


 箱を重ねて階段を降りようとする三久へ声をかける。


 重さは大丈夫そうだが、視界が遮られるので危なっかしい。


「大丈夫だよ。このぐらいの荷物、学校とか部活でいっつも持たされてるからゆっくり行けば……わ、ととっ!」


「三久っ」


 と、一段降りようとしたところで、三久がバランスを崩した。


 俺ははたきを放り出して、すぐさま、後ろへ倒れようとしていた三久の背中を支える。


「さっそくフラグを回収するなよ……うちの階段ちょっと急だから、慣れないうちはゆっくりな」


「うん。……ごめんね、調子乗っちゃった」


 倒れた拍子にダンボールの中身が階段に投げ出されたが、三久が無事なのでよかった。


 頭を下げてたった一時間かそこらで三久に怪我でもさせようものなら、即、この同居生活は強制終了だ。


「で、ところでさ、三久」


「なに?」


「その……そろそろ離れてくれるとありがたいんだけど」


「……あ、」


 倒れ込んだ拍子に、三久は俺の胸にしがみついている状態となっていた。


 三久からはいつものシャンプーの香りがするが、掃除で少し体を動かしたせいか、若干汗臭さも……いや、そういうことじゃなくて。


「わわっ!? ご、ごめんなさいごめんなさいっ!」


 そのことに気づいて、三久もすぐさま俺から距離を取ってぺこぺこと頭を下げる。


「い、嫌だったよね。私、結構汗っかきだから。制汗剤してても、特にこの時期はゆっぺとかまりにも『汗臭い』って言われて」


「そ、そうなんだ」


「うん、そうなの」


「「…………」」


 気まずい空気が俺と三久の間に流れる。


 なんだろう、この間は。


 別に三久が俺に抱き着くことなんて珍しくもなんともない。思えば幼いころからベタベタしていたし、こうして再会を果たしてからもスキンシップは多い。先日の夜遊びのときは抱きしめ合ったりもした。


 だが、その時と違い、今は『間違いを起こさないこと』という決まりごとが前提にあるので、そのせいか、妙に三久との身体的接触に対して敏感になってしまう。


 たった一週間、されど一週間。


 幼馴染とはいえ、決して家族ではない女の子と一緒に住むっていうのは、こういうことなのだろうか。


「……と、とにかく俺も手伝うよ。散らかった荷物は俺がやるから、三久は無事だったほうを頼む」


「う、うんっ」


 まだ一日は始まったばかりなのに、初っ端からこんな状態とは先が思いやられる。


 気持ちが高まっても、ちゃんと我慢できるか……か。


 祖母の言った意味が、やっと実感できた気がする。


 片付けが終わり、三久の住む環境が終わったところで早めの晩御飯となった。


 広間に向かうと、祖母の手によって、テーブルには沢山の料理が並んでいた。肉や魚、野菜もたっぷりで、どれもこれもいい匂いがする。


 そう言えば、昼過ぎに買い物やら収穫やらでなにやら忙しそうにしていたが、こういうことだったか。


「わー、すごい! どれもめちゃくちゃおいしそう!」


「今日は三久ちゃんがいるから、特別にね。普段は老いぼれの私と大人しい遥だから、寂しくはないけど、静かは静かだからね」


「……おばあちゃん、ごめん」


「はは、そんな気にせんでよかよ。それはそれで、ちょうど爺さんと二人の時を思いだせたから、私も嬉しかったしね」


 隔世遺伝とでも言えばいいだろうか。俺と似て、祖父もそれほど喋る人ではなく、寡黙な人だったらしい。


 仏壇のある部屋に飾られた祖父の遺影を見る。……確かに、似てなくもないか。


「ねえ、おにちゃんもおばあちゃんも早く食べよ! せっかくの料理が冷めちゃうよ!」


「そうだね。じゃあ、ご飯よそうの手伝ってもらっていいかい?」


「うん。私、いっぱい食べるから、めちゃくちゃ盛っていいよ! おにちゃんは……小食だし、私の半分でいいよね?」


「いや、それは自分でやるからいい」


 三久の半分でも、まだまだ山盛りの範囲内だ。多分三久のほうは三合ぐらいはある。


 結局ごはんは三久に盛られてしまったが、おかずも含めて、不思議とするすると胃の中に納まってくれた。


 三久も含めた三人の食卓は明るくて、祖母もいつもより笑顔が多かったし、そんな祖母を見る俺も、またそれなりに楽しめていた。


 こんなにいい食事は、本当に久しぶりだった。


「はふ~、おなかいっぱい。もう限界だよ~」


「そりゃ、あれだけ食べればな」


 祖母が用意してくれたおかずのほとんどを食べ切った後、食休みということで、俺たちは軒先から外の夜空をぼーっと眺めていた。


 食後のデザートとして脇に置かれたスイカと、虫よけのための蚊取り線香。田んぼから聞こえるカエルの鳴き声。


 BGMがわりにと点けたテレビのニュースでは海外で起きた事故や国内で起きた事件といった物騒な情報がいくつも伝えられているが、そんなものとは無縁のような平穏が、俺の視界には広がっていた。


「ねえ、おにちゃん。大したことじゃないんだけど」


 食後のスイカを平らげた後、さらにアイスキャンディーを頬張る三久が言う。


「だけど、なに?」


「間違いが起こっちゃダメって皆言ってるけど、私とおにちゃんが『どこまでやったら』間違い判定になるのかなって」


「……それ、わりと大事なことじゃないか」


 そういえば、だった。


 みんながみんながオブラートに包んでいて忘れていたが、確かに、そこのちゃんとした線引きが決められていなかったのに気づいた。


 再会以来、三久と俺がベタベタ気味なのは、慎太郎さんも三枝さんも承知していると思う。


 間違いを起こさないこと――それで察することは出来るが、範囲が明確になれば、今のように過度に気を遣う必要もなくなるか。


「その、え、え、えっち……なことはダメ、だよね。もちろん」


「っ……そ、そりゃそうだよ。考えうる限り最悪の罪だよ、それは」


 ぼそりと呟かれた三久の言葉に、不意に心臓が跳ねる。


 彼女も女子高生だから、それなりの知識は有しているのはわかる。


 だが、いざそういう事を口にされるとドキリとしてしまう。


 否応なく、隣の幼馴染のことを、異性として意識してしまう。


「あ……あのねっ、おにちゃん!」


「な、なに?」


「あの、えっと、おにちゃんがよければ、でいいんだけどね……」


 控えめに俺のTシャツの裾をつまんで、三久が続けた。


「どこまでが良くて、どこからがダメか、実際にやってみて決めてみたいなって……」


「……」


 気持ちが高まっても、ちゃんと我慢できるか。


 俺と三久の初日は、まだまだこれからである。

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