ぶかぶかのシャツと幼馴染と
そうして互いに気まずい時間を過ごした後、ようやく分厚い灰色の雨雲が山の向こうへと去り、かわりにやってきた白い雲の隙間から、太陽が顔をのぞかせる。
「雨、やんだな」
「う、うん。そだね」
雨は晴れたが、濡れている状態まで元通りになるわけではない。
「じゃ、じゃあおにちゃん、わ、私、先に家に戻るから……」
「……いや、ちょっと待って」
三久を呼び止めた俺は大きな旅行バッグの中からシャツを一枚取り出し、そのまま三久に羽織らせる。
「おにちゃん、これ……」
「男物だからちょっと不格好だろうけど、それなら他の人に、その……見られることもないだろ」
「そ、それもそだね」
せっかくここでお隣さんに会ったのだから、ここで彼女を先に行かせてしまったら道案内がいなくなってしまう。
あくまでそういう判断の元の行動で、それ以外の意図はまったくない。
と、俺は思いたい。
「えっと、それじゃあ行こっか」
「ああ、うん」
雨上がり特有の匂いがたちのぼるアスファルトの田舎道を、二人、肩を並べて歩く。
そういえば、あの時の夏も、こんな風に二人で歩いていたような気がする。
俺が迷子にならないようにと、三久が俺の手をしっかりと握って先導する、その小さな背中の記憶が呼び起こされる。
今は、俺の隣で俯いて自転車を押しているけど。
そう言えばパンクしてたんだったか。
「えへ、えへへ……」
「三久、なんか嬉しそうだな」
「そ、そう? おにちゃんのシャツ、相変わらずぶかぶかだなって」
「相変わらず? 前に貸したことあったっけ?」
「む。あったよ。忘れちゃったの?」
「……」
「ひど」
「仕方ないだろ」
まあ、覚えていない。ある程度、断片的な記憶は思い出すことはできても、さすがに一日一日何があったかなんて、事細かに覚えていられるはずもない。もちろん『例外』もあるが、俺は凡人なので三久の期待には応えられそうにない。
「ふ~ん……まあ、もう着いちゃったから、その話はまた後で。……はい、あの坂を上ったところ」
三久が指さした場所に、隣り合うように立った二軒のうちの瓦屋根の大きな家。
間違いない、あれが祖母の家だ。
「! おお、おお、遥、遥。よく帰ってきたね」
三久とともに坂を上り切ると、庭で草むしりをしていた祖母が駆け寄ってくる。
「うん、ただいま。おばあちゃん、元気そうだね」
「そりゃそうさ。遥の子の顔を見るまでは、しぶとく生き残ってみせるよって」
祖母は確か70歳を超えているはずだが、まだまだ背筋はピンとしていて、元気そうだ。
「俺の子供……それは多分、できないと思うけど」
「なに言ってんだい。遥は死んだ爺さんの若いころにそっくりだからね。きっとすぐにモテモテだよ」
祖母はそう言うが、生まれてこの方、彼女という存在が出来たことはない。
唯一仲がいいと言える女の子は……隣にいる三久ぐらいのものだろうか。さっき再会したばかりだが。
「なあ、三久ちゃんもそう思うよねえ?」
「え? ああ……ウン、ソウダネ。ワタシモソウオモウ」
「フォローが下手すぎるだろ」
なんだかキャラが渋滞している三久の反応がともかく、これで俺の容姿レベルについてはなんとなくお察しだと思う。
もし俺が女性なら、こんな不健康そうに見える男と仲良くしたいだなんて思わない。
「じゃ、私は家に戻るね」
「ああ。シャツは洗って返してくれればいいから」
「うん」
手を振って、三久は隣の家のほうへ。
「ねえ、おかーさん、おかーさーん!!」
ドタン、ドタドタッ!
「……相変わらず元気なんだね、三久」
「そうかい? 随分女の子らしくなったと思うんやけどねえ」
「おばあちゃんはずっと隣で見てたから」
俺からしてみれば、記憶にある姿のまま大きくなった感じ、いや――。
「ライトブルー……」
「? どうかしたかい、遥」
「あ、いや、なんでも……」
思い出されるのは、びしょびしょに濡れて上半身の下着姿があらわになった、羞恥に顔を真っ赤にする幼馴染の女の子の姿。
俺も彼女も、やはり昔のようにはいかない――そう感じさせる、初夏の夕暮れだった。






