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他人なんかじゃない

「私、早谷っていいます。あの、滝本悠仁さんでよろしかったですか?」


『ええ、まあ。それで、失礼ですが、そちらはどちらのソウヤ様で?』


「おばあちゃん……いえ、新庄ミサヱさんの隣の家に住む早谷です」


『早谷――ああ、なるほど、思い出しました。妻の実家の……その節はどうもお世話になりました』


「あ、いえ……こちらこそ、夜分遅くに申し訳ありません」


 電話口から聞こえる悠仁さんの声は、穏やかで礼儀正しい感じがする。


 印象だけで言えばいい人っぽく聞こえるけど――。


 いや、ダメだ、油断するな。これはあくまで外面を取り繕っているだけ。


 この人が、遥くんを苦しめている原因なのだ。ここで勢いを萎ませちゃいけない。


『ところで、どういったご用件でしょうか? なにかお急ぎの用事でも? もしかして、お義母さんのほうに何かあったとか――』


「私が話したいのは、遥くんのことです」


 私がそう言うと、電話口の向こうが一瞬、静かになる。


『……少し、場所を変えさせてもらっても?』


「構いません」


『では、失礼』


 保留音が鳴っている間に私は深呼吸をする。


 落ち着け。ただ大声でわめくんじゃなく、静かに怒りを伝えないと。


『お待たせしました。それで、次男の話についてということですが、もしや、お嬢さんはあれのご友人かなにかということで?』


「あ、あれって……!」


 落ち着かせたはずの頭に、再び一瞬で血が昇っていく。


 自分の子供なのに、『次男』とか『あれ』とか、遥くんをまるで肩書とかモノで呼んで。


 いけない。これじゃあ相手の思うつぼじゃないか。落ち着いて、息を落ち着かせて。


「は……はい、早谷三久といいます。早谷慎太郎と三枝の娘です」


『なるほど。では、はじめましてですね、三久さん』


「遥くんに謝ってください」


 悠仁さんを無視して、私は単刀直入に用件を伝えた。このままこの人のペースに乗せられる気はない。


『私が、あの子に?』


「そうです」


『なぜでしょうか?』


「っ……そ、そんなのっ!」


 当たり前じゃないか。


 あなたが遥くんを責めたから、そういう空気を家族のなかでずっと作り続けていたから、遥くんは今も苦しんでいるんじゃないのか。


『――三久さん、あなたが誰に何を吹き込まれたのかは知らないが、私個人の考えとしては、あなたに謝罪を要求される謂れはないと考える』


「なぜですか? あなたたちから離れた今でさえ遥くんは苦しんで、ご飯だって喉を通らないときがあるっていうのに……」


『存じています。あれは兄妹の中では精神面に課題が多くあった。確かに、家族からのプレッシャーに耐えられなかったというのはあるでしょうね』


「そこまでわかってたならどうして……人はみんな違うんだから、遥くんは遥くん、他は他で別々に考えてあげるべきでないんですか?」


 私は割と慣れているが、部活の中でも、叱責されるのを恐れて動きが縮こまっている子は良くいる。動きが悪い→怒られる→怒られるのが嫌でさらに動きがおかしくなる→やっぱり怒られる。


 皆が皆、強いわけではないのだから。


『そういう考えも理解はできます。多様性を尊重して、誰もが生きやすい環境を作るために可能な限り努力をする……私も国に仕える身ですし、そういう意見はあなたに言われるまでもなく、沢山頂戴している』


 ですが、と悠仁さんは続ける。


『それはある一方で綺麗事でもある。三久さん、あなたのクラス内でのことをイメージしていただきたい。例えば三久さんがテストでいい点を取ったとしましょう。だが担任の先生はあなたならもっと出来ると思い、『なぜこんなところを間違えたんだ』と叱る。だがその一方で、もう一人似たような生徒が同じ点数を取った時は、『よくやった、さすが私の生徒だ』と褒め称える。……この時、叱られてしまったあなたはどう考えますか? どう答えてもらっても構いません』


「……私は別に何とも思いません。私には叱ったほうがいい、別の人には褒めたほうがいい。そう先生が考えてのことですから」


『そうですね。物わかりのいいあなたならそう思うかもしれません。ですが、あなた以外ならどうですか? なぜ同じ結果なのに自分は叱られて、向こうは褒められるんだと、そう先生に対して不満だったり、同級生に対して嫉妬を抱くかもしれない』


「そ、それは……いや、今は遥くんの話で、そんな例え話は関係な――」


『いえ、あります』


「っ……」


 悠仁さんは何のためらいもなく言い切った。


 なんとなく論点がずらされているような気がするが、有無を言わさぬ物言いに、私は言い返すことができない。


『私には次男も含めて、三人の子供がいます。長男、次男、そして長女。教育方針は一律で、成果が出れば褒め、ダメならば厳しく叱る。ですが、それで次男がもたないからとダメだった時に叱らないと言う選択をしたらどうなるか――長男と長女は幸いにも優秀ですから、頭のいいアナタと同様の考えをもつでしょう。しかし、理解したからといって、心のどこかで『アイツだけ特別扱いをして』というしこりが残る可能性はある。そういう差をつけるのは、私はよしとしない。平等ではないからです』


「それなら、遥くんのほうに合わせればいいじゃないですか。そうすれば平等になるのでは?」


『……それでは駄目なんですよ、三久さん』


 溜息混じりに、悠仁さんが答えた。


 まるでわからずやな子供に言って聞かせるような口調。


『さっきも言った通り、確かに、弱い人の立場にもしっかり配慮していこうという空気は広がっています。ですが、現実問題として、頭ごなしに叱るとか、そういう前時代的な考えをもった人たちはまだまだ少なくない。弱い人を虐めて爪弾きにして……という。私の職場も建前はそうですが、実情は旧態依然。だからこそ、私は子供たちには逞しく育って欲しいと考え、厳しく接していたのです。強くなるに越したことはないのだから』


「じゃあ、遥くんを家から追い出したのも、そのためだって言うんですか!」


『それは家族全員で話し合った結果です。次男も同意の上ですから、そこはあなたにとやかく言われる筋合いではない』


「家庭の事情に首を突っ込むなって、そう言いたいんですか」


『そういうことです』


 自分のことを責める遥くんだったら、両親や家族の言うことに逆らえないことなんて、そんなの、とっくの昔にわかっているくせに。


 やっぱり卑怯だ、この人は。この人たちは。


『ああ、そうだ。三久さん、一つ聞いておきたいのですが、あなたは私に『次男に謝罪しろと』言いましたが、それは、あれが望んだことなのですか?』


「! そ、それ、は……」


 そんなこと、遥くんが望むはずもない。


 これは私の勝手なエゴなのだ。遥くんの姿にいてもたってもいられなくなって、どうしようもない怒りをぶつけているだけ。


『もしそうだとしたら、それはそれで問題だ。自分で出来ないから、何の関係もない三久さんを巻き込む――それは許されることではない。……今すぐ次男にかわってください。叱らねばならない』


「……できません」


『なぜですか?』


「それは……どうしても、です」


『……そうですか』


 悠仁さんはすべてをわかっているようだったが、それ以上追及することはしなかった。


 完璧に負かされてしまったうえに、情けまでかけられた。最悪な結末。


『とにかく、私からの話は以上です。もしまだ何かあるのなら、お聞きいたしますが?』


「……わたし、は。わたし……」


 言いたいことはあるはずなのに、そこから先が出てこない。


 何をやっても言い負かされてしまう……そう思ってしまったから。


『……ないようですね。では、これで失礼します』


 私が何かを言うのを待たず、通話が切られてしまった。多分、次にかけてもこの電話番号は拒否されてしまうだろう。


 あっさり返り討ちにあって、私の戦いは終わりを告げる。


「私は…………なくなんか、ないもん」


 言いたくて、でもどうしても口から出てこなかった想いが、今更になってあふれ出す。


「何の関係もなくなんか、ないもん……私は、おにちゃんの幼馴染だもん……!」


 そんなわからずやの子供みたいな呟きが、一人きりの夜の自室で空しく響いた。

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