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駄菓子屋のお姉さん

「おにちゃん、ちょっとい~い?」


 その後の一週間を無事に過ごした週末の土曜の昼過ぎ。いつものように三久が玄関先から俺のことを呼んだ。


 俺の方は絶賛勉強中なわけだが、ダメと言っても、三久は俺の部屋に来るだろう。


 スマホがあるのだから先にメッセージを送って欲しいものだが、俺の家に来る時、三久はいつも突然やってくる。


 文明は進み、三久もそれを使いこなしているというのに、そこだけは変わらない。


「おにちゃん、買い物いこ! 買い物!」


 バン、と引き戸を勢いよく開けて、三久が部屋に入ってくる。


 普段着のTシャツ(らしきもの)に、それからショートパンツ。


 買い物、と言っていたが、そのわりにはラフな格好である。


 あとは、手に持っている半透明の袋――。


「なに? そのサンタが持ってるようなデカい袋」


「これ? これから家用のお菓子を買いに行くから。うち、お父さんもお母さんも食べる人だから、毎回これパンパンになるよ」


「業者か」


 広げてみると、家庭用のゴミ袋の大きいやつの倍ぐらいはある。


 訊くと、二週間ぐらいで全部なくなると言う。


「でも、早谷家用のお菓子買うのに、どうして俺まで駆り出されるんだ?」


「おにちゃんも自分とおばあちゃん用の買えばいいでしょ? それに、あの店、おにちゃんも絶対気に入ると思ったから。ここから自転車で近いし、勉強の息抜きにどう?」


「……そこまで言うなら、まあ、」


 朝から起きてすぐに勉強を始めたので、始めてから四、五時間は経っている。


 集中力も少し切れかけてきたところだし、三久がそれだけ勧める店というのも気になる。


 休憩がてら、ということにしておくか。


「……わかった。片付けるから、ちょっと待ってて」


「やたっ。じゃあ、私は先におばあちゃんに伝えておくね。……おばーちゃーん!」


 そう言って、三久は慌ただしく階段を下りていく。


 ――おばあちゃん、おにちゃん借りてくね。いい?


 ――うん? ああ、いいよ。三久ちゃんが借りたいときにいつでもおいで。


 二人の会話。


 どうやら俺に拒否権はないらしい。


「おにちゃーん!」


「……はいはい、今行くよ」


 拒否権はない。しかし、嫌というわけでもない。


 やれやれと言いつつも、内心は心弾んでいる部分も、あったり、なかったり。


 これから三久が行くと言っている場所は、俺たちの家のある場所からさらに奥地……じゃなくて、先に行ったところになるらしい。


 ちなみに、その場所からさらに行くと海水浴場があり、夏になると、市内や県外からの人で賑わうようだ。花火大会や、野外ライブなどの所謂『村おこし』的なイベントが開催されるという。


 なるほど、海か。どうりで、やけに風が強いわけだ。今も、時折強く吹く風に自転車が押し戻される。


(それよりも、海か……)


 海水浴など、これまで一度もしたことがないが、おそらく夏休みに入れば、三久の部活のない時などは、連れていかれるだろう。


「おにちゃん、もしかして私の水着姿想像した? うわー、いやらしかー」


「ちっ、違うって! ただ、俺水泳ってしたことないからさ、仮に海に行ったとして、泳げるかなって」


「え、うそ! おにちゃん、泳いだことないの?!」


「ああ……学校によっては、敷地の問題とかでプールがないところもあるからな」


 俺の通っていた学校はまさにそれだった。もちろん移動範囲を広げれば、海だったり、プールには行けたのだろうが、勉強漬けの俺にそんな考えは浮かばなかった。


 最初にここに来たときも、海には行ってなかったと思う。


 ちなみに三久の水着姿は……そんなに想像はしていない。無難に競泳用の水着?


「ふうん……じゃあ、ゆっぺとかまりも誘って行こうよ。ここ、田舎は田舎だけど、夏はイベント目白押しだから、きっと楽しいよ」


「勉強が順調ならな」


 遊ぶのはいいが、浪人生の本分は一に勉強、二に勉強である。


 もしまた模試でいい成績を残せれば、一日ぐらいはいいかもしれないが。


「じゃあ、決まりだ」


「何言ってんだよ。調子を落とすかもしれないだろ」


 現役時代はA判定だったのに、浪人してから調子を崩してC、D判定になる可能性はゼロではない。油断は禁物なのだ。


「大丈夫だよ、おにちゃんなら」


「三久」


「大丈夫」


 人のことなのに、随分と自信満々に答えている。


「大丈夫だよ、だって、」


「……だって?」


「……えーっと、」


「おい」


 三久のヤツ、考えなしに勢いだけで発言したな。


「……べ、勉強バカ、だし?」


「小考慮した結果がそれか」


 ちょっと見直しかけた自分が間違っていた。


「むーっ! 大丈夫だもん! おにちゃんは大丈夫だから、私たちと一緒に海に行って、プールにも言って、花火行って、おいしいもの食べて遊ぶの!」


「それは遊びすぎだろ……」


 ただ、連れ出される確率は激高なので、いつそのタイミングが来てもいいよう、常に前倒しで勉強を進めるよう心がけることにする。


 なにがあってもこの幼馴染は俺のことを連れ出す。それは確定しているからだ。


「ほら、おにちゃん、あそこ!」


 田んぼが広がる一本道をしばらく行ったところで、オレンジ色の屋根の建物が目に入った。


 三久が指さした先には、大塚商店と書かれた看板がある。通りに面したところにいくつかのぼりが出ていて、『クリーニング』とか『ランチ』などとある。軒先と思われる場所に、飲み物や、その他よくわからない自販機はいくつかかならんでいる。


 店の入り口脇には『TOBACCOタバコ』の小さな看板と、売り場。


 まあ、なんというか、カオス。


 自販機の前あたりに二台ならべて自転車を置かせてもらって、俺は三久のあとから店内に入った。


「あれ、ここ……」


 入った瞬間、違和感を覚えた。


 この光景は、覚えがある。


 商品ラインナップは変わっているが、店内から漂う、陳列されたお菓子の甘い匂いと、タバコの匂いが入り混じった、独特な雰囲気。


 古びたアイス用の冷蔵庫と、そして、百円一回でプレイできるアーケードゲーム。


「……ああ、ここ」


「思い出した?」


「なんとなく」


 ここは三久と何度か行ったはずだ。祖母からもらった100円を握りしめて、所狭しと並ぶ怪しげな色のお菓子に、目を輝かせていた記憶が。そして、


「カナねえ、いるー?」


「いなーい」


 と言いつつ、だらけた様子で店の奥から店主と思しき眼鏡姿の女性の顔が現れた。


「……ああ、やっぱり」


 大人になっているが、三久と同じで、やはり面影はばっちり残っている。


 今の今まですっかり忘れていて申し訳なかったが、そういえば、この人もいたな。


 ここに来るたび、俺と三久の面倒を見てくれていた、店番の年上の女の子。


「……いらっしゃい、三久、アンタ今日はおそか――」


「えっと、多分、お久しぶりです。……加奈多さん」


「った――」


 よれよれのタンクトップを来た女性の死んだ目に徐々に光が取り戻されていく。


「まさか……遥?」


「はい」


 大塚加奈多さん。


 俺や三久にとっての、『お姉さん』である。

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