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死んでたまるか!

 当たり前だが、水の中は冷たかった。

 水泳は得意な方だったし、流れが速いとはいえ深さがあるので底に頭をぶつけて死ぬことはなかった。

 一番の問題は、縛られたままだということ。

 ラッキーだと思えるのは足が自由だった事。


 気合と根性でなんとか浮かび上がって背泳ぎの姿勢を取る。

 時折、顔に思い切り水がかかって呼吸困難になるがしょうがない。

 私は生きているんだという実感がわくのはいいが、顔にかかる水をぬぐえないというのはなんとも腹立たしい。


 私にできることは流されることだけだ。

 遠くに光の筋が見える。

 遠すぎて空は見えない。


「誰か釣りでもしていないかなぁ……」


 希望的観測だが、ひょっとしたら奇跡があるかもしれない。

 釣り人の投げた針が私を縛っている縄に引っかかり、見事に釣り上げてくれた人はイケメンで、親切な人だった。

 面倒をみてもらううちにいつしか二人の間には……。


「…………ありえない」


 ご都合主義の小説かよっ、と突っ込みを入れる。

 絶体絶命と言われてもおかしくないこの状況だけれど、ポジティブな事を考えよう。


「水の心配をしなくていい!」


 体一つで放り出されたわけだから、砂漠だったら水の幻を見ながら死んでいるところだ。


「移動が楽」


 何しろ流されていればいいだけだからね。

 どこに流れ着くかはさておき。


「トイレの心配がない」


 口にしといてなんだけど、自然の摂理なのだからしょうがない。

 ガンジス川よりは大腸菌はいないだろう。


「いつか海にたどり着くね」


 それがいつになるかはわからないし、その前にドザエモンになること間違いない。

 いかん、思考がネガティブになった。

 ここは異世界の名前も知らない川で、ガンジス川じゃないんだし、希望を持とう。


「……流れが速くなった?」


 音に雑音が混じってきた。

 この後の展開は三つ。

 枝分かれ、トンネル、滝。

 さぁ、どれだ?








 正解は滝でしたーっ!


 本日二度目の落下!

 どんだけ深いんだよこの川!

 ……まさかとは思いたくないけれど、地下水路とか?


 さすがに空気のないところじゃ溺れ死ぬよ。

 今でさえ死ぬ寸前なのに、夢も希望もないじゃないの。

 落ち着け落ち着け、落ち着け自分!

 後ろに手を縛られているから着水に気をつけないと、首の骨を折る。

 よし、丸くなろう。

 首以外ならなんとか……背骨と首の骨を折らなければ何とかなる、はず。






 滝壺は思ったより深くて上に出られない。

 しかたがないので川の流れにそって少し滝から離れてから浮上した。

 くそうっ、今のでだいぶ体力を消費したぞ。


「さっ、さんそーっ」


 現在、溺れています。

 アップアップしちゃっています。

 背泳ぎの姿勢すらとれず、観客もいないのに一人でシンクロナイズのように足だけをじたばた動かして何とか姿勢を保っています。

 何とか酸素が体の中を巡って冷静になってきた。

 冷静になってきたところで辺りを見回し、最後に空を見上げる。


「ははははは……」


 空じゃなくて天井だった。

 ここにもヒカリゴケがはえているらしく、暗闇に慣れた私の目にごつごつとした天井と壁が見えた。

 最悪のパターンは一つじゃなくて二つだったらしい。

 今のところ、水と天井の間に空気があることだけが幸いだ。

 漂流の旅から洞窟探検隊にシフトチェンジした。








「いっ…………」


 背泳ぎの姿勢を取っていた私は頭をしこたま打った。

 この体制の欠点は、前が見えないということだろう。

 かといってうつ伏せになって顔を上げるなんて、手をふさがれた状態じゃすぐに溺れること間違いなしだし。


「あ……」


 なんと、私の体が斜めになった。

 頭が下流だったのに、上流の方に向いた。

 何にぶつかったのかと顔を横にしてみれば、川が二つに分かれる地点だった。

 右に行くか、左に行くか。


 悩む間もなく私は左手に流されていく。

 吉と出るか凶と出るか。

 そろそろ浅瀬を見つけて立ち上がらないと。

 体力がなくなる前に。


「まずは危険かもしれないけど、はじに寄ってみよう」


 声に出して目的をはっきりさせることによって自分を鼓舞する。

 足を動かし、体をくねらせ、なんとかはじに寄ってみた。

 壁から突き出た岩に当たったりしながらも辛抱強く足で底をさぐりながら流される。


 どれぐらい時間がたったのかはわからないけれど、気力体力思考力、全部が低下したのがわかった。

 自覚したとたん、寒気が体を襲う。

 死がそばまで迫っている。

 そこで私が思ったことは。


「溺れ死ぬのは嫌だ……」


 苦しいのは嫌だ。

 どうせなら雪山登山のように眠るように死にたい。

 ダメだ、もう楽観的な事は考えられない。

 楽に死ねることを夢に見るようじゃ終わってる。

 でもさぁ、もう手足に力が入らないよ。

 いや、しばられているから手に力は入らないんだけどね。


「千葉さんだけは、幸せになってね……」


 王子とか教会の奴らはどうでもいいけど、千葉さんだけは憂いなく日々を楽しく過ごしてほしいと願える存在だ。

 私の中の、なけなしの良心が千葉さんだよ……って、考え方が我ながらキモっ! 

 異世界なんて場所にいきなり召喚されたら、そりゃあ一緒に来た同郷の人間に精神的依存をしちゃうのはしょうがないけど、我ながら頭がおかしいと思う。

 やっぱり疲れてんなぁ……身も心もボロボロだぁ……。


 次の人生は日本の平均的な家庭に生まれて、特別になりたいなぁなんて思いながら平凡な一生を送りたい……。

 あるいはセレブの家で買われる犬とか猫なんていいかもしれない。

 至れり尽くせりお世話されまくりで時々主人に媚びればOKな……プライドは水に流れていっちゃったね、ハハハ……。


 左足のかかとが何かにこすれたけれど、もう足を動かす元気はない。

 体からどんどん力が抜けていく。

 このまま地底湖まで流れて行ってサンショウオとかの餌になるのかな。

 あ、いまドーパミンが出まくっているのかも。

 だってさっきから体がポカポカ暖かくて、今なら深い眠りに……。


「……ついてたまるかーっ!」


 火事場の馬鹿力ともいえる最後の覚醒。

 左足に力を入れると右足が地につき、私は水の中で立った。

 胸から上が水面に出ている。

 立ち止まったことで周りを見回す余裕が生まれた。

 少し行った先が開けていて、地面が見えた。


「絶対に、死んでやらないっ!」


 私は結構、負けず嫌いなのだ。

 ここで意地を見せずにどこで見せるのだっ!

 誰も見ていないけれど、私は強く心の中で思った。

 死んでたまるかっ!


 見えた地面に向かって重い足を動かすと、徐々に水位が下がってきた。

 無事に全身が水から上がれた時は興奮のあまり男らしいおたけびを上げた。


「うおぉぉぉぉぉっ!」


 私はまだ生きている。

 命の炎は消えていない。

 だけどちょっと、いや、かなり疲れた。

 ほんの少しだけ、眠りたい。

 崩れるように倒れたけれど、痛みなんか感じる間もなく睡魔に意識を委ねた。




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