私が飛びこむことになったわけ
女の人が客だというからドアを開けたら、男が三人、押し入ってきた。
乱暴目的だというので怖くなり、窓を開けて助けを求めた。
色々とカットしたけど要約するとそれで終わる。
宿舎を管理している人と、聖女様関連を管理している人と、この教会でそれなりに偉い人の三人に経緯をちゃんと説明したけれど。
内部の不祥事、聖女じゃない役に立たない召喚者。
偉い三人が頭を抱えて話し合った結果。
「男を自室に連れ込み、誘惑し、あまつさえ罪を着せようとした事は万死に値する」
そう言われた。
何を言われたのかは理解したけれど、受け入れることなどできるわけない。
だいたいそれが本当の事だったとしても万死に値する罪なのか?
この世界の法律はそんなに厳しいモノなのか?
内部の不祥事を隠すためにここまでやるのか?
それとも、私が聖女じゃないから?
突っ込みどころは満載だけれど、私は何も言えなかった。
座って話を聞いていた私はいきなり頭をテーブルの上に押さえ込まれ、手を背中の方に捻りあげられていたからだ。
うめき声と涙しか出てこないよ。
痛いよ、怖いよ、もう帰りたいよ。
けれど現実は無慈悲で。
私は牢屋へ連れていかれて、文字通り放り込まれた。
牢屋の中は暗くて臭くてジメジメしてて、床じゃなくて地面だった。
地下を掘ってそのままに使っているのだろう。
床や壁は湿度が高いせいで常に濡れている。
あちこち苔がはえてつるつるするし、明かりはないけれど、うっすらと明るい。
苔が微かに光っていることに気が付いたときだけは現状を忘れて感激したけれど。
だってヒカリゴケなんて初めて見たよ。
消えかけの豆電球くらいの光だとしても、綺麗だと思った。
ここはどんな場所なんだろう。
私のほかにも捕まっている人はいるけれど、誰もしゃべらない。
時折、すすり泣く声や苦し気にうめく声だけが響く。
横になる気にもなれず、比較的濡れてなさそうな場所に体育座りを決め込んだ。
空気に溶けてしまえたらいいのにと思いながら、ひたすらじっとうずくまっていた。
食事は一日一食、たまにおかずがつく。
なんでたまに何だろうと考えてはたと気が付いた。
残飯だ、コレ。
食堂に出された食事で食べ残ったもの、余ったもの。
おお、日本人のもったいない精神をくすぐるなんて見事な再利用!
「っていうわけねーだろーがっ!」
おっといかん、つい興奮して叫んでしまった。
やはり最悪の環境というものは人の心を荒ませる。
体力を温存するためにも大人しくしておこう。
死んだら全員に化けて出てやる。
この教会関係者全部に呪詛をかけてやりたい気分だ。
牢屋の前に兵士を引き連れたちょっと偉い感じの人がやってきた。
「お前の罪状が決定した」
「裁判なんて受けていませんが……」
「罪深き者よ、そなたは聖女を詐称した」
「詐称も何も、それを決めたのはあなた方で私じゃないですよねっ」
必死になって言い返しても冷たい視線をよこすだけで何のアクションもなかった。
「連れていけ」
どこに?
頭をよぎったのは断頭台、絞首刑、火刑。
私の人生は今度こそ終わるのかと思ったら全身から血の気が引いた。
そんな私を容赦なく兵士たちは引っ立てていく。
「千葉さんは……」
「お前のような罪人が聖女様の名を口にするなど不敬に値するっ!」
そんなことを言われても困る。
私の価値観は地球の、日本という世界のままだ。
法治国家にはありえない理由で私は殺されるのだ。
千葉さんは無事だろうか。
聖女だという時点で無事だろうけれど、使いつぶされないかが心配だ。
心残りがあるとすれば千葉さんだけ。
どうか神様、せめて千葉さんだけでも助けてあげてください。
というか、どんだけ彼女に精神依存していたんだろう。
私ができることは千葉さんの無事を神様に祈り、私を不当に扱ったやつらを個人的に呪う事。
私という存在は日本から消え、そしてこの世界からも消えようとしている。
誰の記憶にも残らないのだろう。
むなしさと悲しみで、今なら涙のプールが作れる気がする。
私は縄をかけられ、歩かされた。
神殿を出て荷馬車に放り込まれた。
馬に乗ったちょっと偉そうな教会関係者と兵士が一人、御者が一人。
どこに行くのだろうか。
がたがたと揺れながら遠ざかっていく神殿を視界の端にとらえながらドナドナを歌う。
歌わなきゃやっていられない。
正直、叫んで転げまわってしまいそうだ。
歌わなきゃ、正気を保っていられない。
途中で御者の人に陰気な歌を歌うなと怒られたので、昭和枯れすすきと恨みますと飛びますフライという歌を心を込めて何度も歌わせてもらった。
ささやかで地味な嫌がらせに、馬で並走していた兵士と教会の人が顔を青くさせていく。
いい気味だ。
ちょっとだけ留飲が下がった。
馬車が止まり、私は荷馬車から降ろされた。
どこからかゴーッという音が聞こえる。
地鳴りかと思ったけれど、揺れていないから違うのだろう。
何だろう、この音。
「ここで罪人の処刑を行う」
厳かな、と言いたいところだが、面倒くさそうに教会関係者が言った。
マジか。
森の中で切られて、死体は野ざらしで野生動物の餌か。
「見届け人、前に」
御者が前に出た。
お前が見届け人って……。
ちょっとだけ切なくなった。
やっつけ仕事という言葉が脳裏に浮かぶ。
「執行者、前に」
兵士の一人が前に出た。
彼は私の縄を掴んで歩き出す。
私も仕方なく歩き出すが、すぐに行先を悟った。
木々に邪魔されて見えなかっただけで、5メートル先は断崖絶壁の深いクレバスがあり、そこからゴーッという音が聞こえた。
幅は10mほどの谷間は底が見えない。
光が届かないのか真っ暗で、水の流れる音だけが鮮やかに聞こえてきた。
「下は川だ。濁流にのまれて死ぬがいい」
鼻で笑いながら教会関係者が言った。
兵士は縁に私を立たせると、あろうことか背中を蹴りやがった。
私の体は無様に宙に放り出され、慣性の法則に従って落下していった。
最後に見たのがやっと終わったかというような顔をした男たちというのが妙に腹が立った。
そして冒頭に戻る……。