叫んでみた
今日、千葉さんを見かけた。
さすが聖女様、広い訓練場で魔法の特訓らしい。
なんでも魔力を持て余し気味とかで、発散させるためにも広い場所が必要なそうだ。
時折聞こえるドッカン、という破壊音に慣れつつあるみなさん。
最初は何だと騒いでいたけれど、人って慣れる生き物なんだよね。
私もだいぶ慣れてきたよ。
ここにきて二か月。
基本的な魔法は使えるようになった。
といっても、私が使えるのは水魔法だけ。
千葉さんは初歩だけど、ヒールを使えるようになったと聞いた。
ヒールっていうのは癒しの魔法。
外傷を治す魔法で、属性は光だそうだ。
ヒールはどの属性を持っていても使えるけれど、属性によって微妙に効果が違うらしい。
地属性は骨関係、火は生命の維持と活性化、水は皮膚とか内臓組織関係、風は状態異常の回復が得意になる傾向がある。
そして光魔法はマルチだそうで、使い手はめったに現れないそうだ。
ちなみに聖女だけが使えるのが、穢れを払う浄化で、呪いを消せるらしい。
呪いってなんだよと思ったけれど、詳しくは教えてもらえなかった。
呪いを使えるのは魔族だけらしい。
人間も使えるけど禁術の類で、人間だと魔力が足りないので生贄を使わないとできないからという理由だそうだが……自力でできれば禁じなかったのか?というささやかな疑問が残った。
その魔族の呪いに対抗できるのが聖女様というわけで……はい、戦争が始まれば最前線に送られるのは決定事項ですね。
二か月もたてばここがパラダイスではなく生身の人間が集う場所なのだという事が徐々にわかってくる。
いやぁ、最初からパラダイスだなんて思っていないけど。
聖職者が何やってんだか。
地道にがんばっている聖職者の皆さんに謝れと声を大にして言いたい。
言ったとたんに後ろから刺されそうだけどね。
なんてゆーかさ、油断したなぁと思うよ。
自分の置かれた境遇をちゃんをわかっていたんだけど、わかっていたつもりだったんだなぁ……。
大人しく図書館で本を読んでいる大人しい異邦人で、こっちに来る前だってただの下っ端雑用係の会社員だったんですよ~。
「……じゃない無能な女だろ」
「ああ。もう一人の聖女のように目覚める気配もないらしいぞ」
「なんだよ、ただ飯ぐらいかよ」
ただいま書棚二つ向こうで悪口を言われます。
声の感じからして三人かな?
せめて頑張ったところだけは評価してほしいところだけれど、彼らにとって私の頑張りなんて一ミリの評価も価値もないのだろう。
いかん、泣きそうだ。
「だったらヤッちまっても大丈夫なんじゃねぇの?」
「だよな。顔はともかく、体つきは悪くねぇし」
「大人しそうな女だ。やっちまえばこっちのもんだろ」
……涙も引っ込んだよ。
聖職者、だよね?見習いだとしても聖職者に片足突っ込んでいるよね?
どこのチンピラが混じっているんだよ……ここ、この国の教会の本部だよね?
まぁ日本にいた時県庁職員とか政府高官とかのスキャンダルがあったからまぁそういう一部の人たちもいるのはわかるけど……生臭坊主って言葉があるくらいだし。
問答無用で襲ってやっちゃえば私が泣き寝入りすると?
馬鹿言っちゃいかんよ、大人しくやられるわけないでしょーが。
シスターに言いつけてやる。
どこの誰だよ、まったく。
シスターに図書室での話をすると、しばらく一人で出歩くなと言われた。
女子寮に男は入ってくることはないからだ。
しかたがないので自由時間は部屋で過ごす。
「静香様、お客様です」
ドアをノックされて女性の声が聞こえた。
「はーい、今開けますね」
お客様って誰だろう。
外からのお客だと、ちゃんと応接室で個別対応なのだけれど、私は一度も使ったことがない。
だって私を訪ねてくるお客なんていないから。
あれ?じゃあお客様って誰だろう。
聖女関係者かしら。
そう思いながらカギを開けた。
カチン、と音がしたのが合図のように、ノブが勝手に回った。
違う、外から回して開けたのだ。
そう私が理解した時にはもうドアが開いて、ドアの間に立っていた私は後ろに吹っ飛ぶことになった。
「きゃぁっ」
床の上に転がった私は思わず目をつぶる。
いたたたた……。
部屋の中に一人じゃない人数がなだれ込む気配があった。
目を開けると、見習いの修道服を着た男が三人。
最後の一人がドアを閉じ、鍵をかける音がやけに響いた。
ああ、こいつらが図書室で私を襲うと話していた奴らだと瞬時に悟った。
「な、なんでここに……」
這いあがってくる恐怖に私の声が震えた。
ニタニタ笑って私の問いには答えないが、彼らから漂ってくる雰囲気は明らかに力に訴えてこようとしている。
そして気が付く。
最初に声をかけてきた人は女性だった。
つまり、誰かの手引きでこいつらは私の部屋に押し入ってきたわけで、それは助けが期待できないという事だ。
「んん?俺たちは客だって言ったろ」
「もてなせよ」
襲う気満々の雰囲気を漂わせながら男たちは下卑た笑みを浮かべる。
「得意だろ、聖女サマ」
彼らの言う聖女様はきっと町にいる娼婦の事だろう。
姫とか聖女とか女神とか言いながら組み敷いて蹂躙し、支配欲を満たす。
私は今のところ聖女じゃないし、私自身、聖女の自覚はない。
ステータス画面がないから、自分が何者かなんてわからないよ。
もしそれが見えたとしたら、私の職業には巻き込まれた異世界人とか表記されているに違いない。
ここにきて習ったのは魔法だけだ。
私が使えるのは初球の水魔法だけで、飲み水に困らない程度の量しか出せないし。
部屋を爆発させた聖女のように、私が本物の聖女だったら、きっとこの部屋は今ごろプールになっているはずだ。
私にできることは、悔しさを、思いのたけを乗せて叫ぶだけ。
「いやぁぁぁ」
さっきまで読んでいた本が落ちていたので私はそれを掴み、乗っかってこようとした男をそれで殴り飛ばした。
こめかみに当たったらしく、男は後ろへ倒れこみ、慌てた仲間に起こされている。
ここは三階だから飛び降りるのは論外。
二階だったら迷わず行くけどね、さすがに三階だとベッドの住人になって結局は見舞いと称してきた奴らにひどい目にあわされる未来しか見えない。
もう一つの出口はカギがかかっているうえに男たちの背後だ。
躱すにしてもこの狭い部屋じゃすり抜けることもできやしない。
結局、私にできるのは大声で助けを呼ぶだけ。
「誰か助けてーっ!殺されるーっ!」
そりゃもう喉から血が出るくらいに大声を出した。
怖くて身がすくんでいたから声が出ないかと思ったけれど、生まれて初めて人を殴ったせいか興奮状態になったのだろう。
かえってよかったと思う事にする。
「誰かーっ!」
窓を開け放って外に向かって叫ぶ。
「男の人がいたーっ、殺されるーっ、誰か助けてーっ!」
「黙れっ」
「口をふさげ!」
「おい、人が集まる前にずらかるぞ」
私の叫び声があたりに響き、空気が騒然とし始めた。
彼らもそれに気が付いたのか、慌てて逃げていく。
中途半端に開いたドアを見ながら、私は助かったのだと思い、全身の力が抜けてしまって床の上に座り込んだ。




