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世界の事情、個人の事情


「宿はどうしますか?いいとことっちゃいます?」


 カーリーがあからさまにうきうきした様子で聞いてきた。


「……可もなく不可もない真ん中のグレードで風呂付」


 日本人らしい選択にカーリーがあっけにとられた顔をする。


「お嬢様は堅実ですな」

「お嬢さん、風呂は個室か?大浴場か?」

「違いはなに?」


 ウルバルの問いに質問を返す。


「個室だと上等の部類か娼館を兼ねた宿になる。大浴場なら他の客も一緒でたいていは時間制で男女別に入ることになるが、そこそこいいところになる」

「普通の宿にはお風呂がないの?」

「公衆浴場があるからな。たいていの宿だとそこを使うか、桶にお湯を用意してもらって体を拭くだけになる」


 ウルバルの説明にふむふむと頷きながら、彼の素性がますますわからなくなった。

 貴族のように洗練された仕草だが貴族は下々の事情なんて知らないから宿事情なんてわかるはずがない。 

 やはり商人のボンボンなのだろうか。

 しかし雰囲気がなんというかこう……殺伐とした感じがどうも裏稼業っぽい。

 もちろん裏稼業に知り合いなんていないからこんな雰囲気だと決めつけられないけれど、消去法でいくとそうなっちゃうんだよねぇ。

 マフィアの三代目とかいわれたら納得できちゃうような感じ。

 偉そうで人に命令するのに慣れていて、眉一つ動かすことなく人を蹴り飛ばせちゃう感じ。


「何か?」


 穏やかな口調でウルバルが問いかけてくる。

 ほら、こういう口調が三下じゃなくて上流階級っぽいのよね。


「ウルバルは旅慣れているの?」

「お嬢さんと出会って旅慣れた」


 返された答えに私は頬を膨らませる

 今のは絶対に嫌味だ。

 森での生活は旅というよりもサバイバル生活だったし。

 そう考えると私、この世界に来て初めて旅をしていると声を大にしていいのかもしれないっ!

 職業、旅人!

 そして旅と言えば温泉だ。


「大浴場で手足を伸ばしてはいりたいです」

「それじゃあ大浴場付き、中の上のランクでいいですか?」

「夕飯朝食付きで」

「かしこまりました~」


 ジーク少年が何か言いたげに私を見上げた事に気が付いた。


「ん?何かあった?」

「……あぁ、うん……いいの?」


 質問の意味が分からない。


「何が?」

「……ううん、なんでもない」


 ジーク君は深い深いため息をついてから私から目をそらし、遠いお空を見上げていた。






 中の上という微妙なランクの宿だったけれど、大きなペンションという感じだった。

 大浴場は早い者勝ちの貸し切り風呂で三つもある。

 疲れたのでさっそくカーリーを連れて風呂に入ることにした。

 大浴場を貸し切り……何を基準に大浴場か、ここで新たな命題を突きつけられた心境だ。

 貸切風呂の浴槽はどれも大きさは畳三畳分くらいで、洗い場を含めて部屋の広さは八畳くらいだろうか。


「これは家族風呂というのでは……」

「なんですか、家族風呂って」

「私のいた国では家族単位で風呂に入る事があってね、だいたい子供を入れて四人から五人で入るんだけど……」


 カーリーがぎょっとした顔で若干引き気味に私を見た。


「面白い文化ですね。男女一緒にですか?」

「家族だし。まぁ、子供が性を意識する前までの話だけど」


 それなら、とカーリーは納得したようだ。


「家族ではないですけど、こういった場所では仲間同士で入ったりしますよ」


 冒険者とか商人とか、それなりに需要があるらしい。

 この世界にも裸の付き合いというものがあるのだろうか?


「ふぅぅぅぅ~」


 体をきれいに洗ってからざぶんと浴槽に入る。


「日本と同じシステムでよかったよぉ」


 こればっかりは涙が出そうなくらいに嬉しい。

 蒸し風呂かと思ったけれど、ちゃんと浴槽にお湯がはってある。

 部屋の広さは八畳くらいで、浴槽は三畳ほど。

 でも手足を伸ばせるから嬉しい。


「幸せいっぱいって感じですね」

「そりゃもう、日本人と言えば風呂に命を懸けた民族だから」

「どんな民族なんですか……」


 カーリーはなんか引き気味だけれど、日本人として生まれ育ったからにはお湯の風呂なのだ。

 水浴びではなく、お湯、ここ大事。

 この世界はヨーロッパみたいに湿度が低いので、数日風呂に入らなくても大丈夫なのはわかっているけれど、でも日本人としてはざぶんとお湯につかりたいのだ。

 クリーン魔法を使えば汚れは綺麗になくなるけれど、やっぱり気分の問題だよね。




 お風呂から出てほっと一息つくことができた。


「ああ……なんか幸せ……」


 そんな私をどこか哀れんだ眼差しで見るカーリー。

 なんで目元をぬぐったの?


「静香様の幸せって……些細な事すぎて、今までどう生きてきたのか気になります。あ、いえ、単なる好奇心なので気になさらずにっ、主人の秘密を探るなんて侍女としてあるまじき行為ですよねっ!」


 暗殺者で元貴族のご令嬢の過去も相当なものだと思うのだけれど。

 私も気になるよ……聞いちゃおっかなぁ……。


「カーリーだってお嬢様だったんでしょ。今の生活は不自由な事ばかりじゃないの?」

「ああ……」


 眉間にしわを寄せ、カーリーは深いため息をついた。


「うちは騎士の家系だったんですけど、家風と合わなくて」


 カーリーは脳筋というより頭脳派っぽいから、やっぱりそういうところがご家族と反りが合わなかったのだろうか。

 おっと、勝手に決めつけちゃいけないよね。

 貴族のご令嬢なんだから、蝶よ花よと育てられたかもしれないし……。


「家訓とか、そういうの?」

「敵を打ち滅ぼす手段です。私は後ろからこっそり近づいて首をかっ切るほうが好きなので、家族と考え方が合わなかったんです」

「そっちーっ!」


 騎士と暗殺者じゃ考え方は合わないよね……むしろ真逆?


「訓練や座学で対暗殺者の講義を受けたのですが、初めてその講義を受けた時、私は雷に打たれたように全身に痺れが走り、頭の中にファンファーレが鳴り響いて花弁が舞い散りました」


 うっとりとカーリーは虚空を見る。


「あんなに胸がときめいた授業は初めてでした」


 開けてはいけない扉をノックしてしまったのだと気が付いたときにはすでに遅く、カーリーは暗殺について熱く語りだしていた。

 誰にも気づかれないように行動する時のドキドキ、対象者を初めて目にした時のトキメキ、やれると確信した時の高揚感。

 私の家は武道とは無縁だし、剣道だってやったこともないし、テレビの中で警察官の訓練シーンでちょろっと見るだけなんだけど……想像くらいはできる。

 カーリー自身も色々と思うところはあるだろうけれど、脳筋で忠誠心の篤い家族だったらそっちのほうが大変だったと思うよ。


「王家の影とか、暗部とか、そういう就職先はなかったの?」

「そっちだと色々と柵やら規則が面倒そうなので。仕事くらい好きに選びたいじゃないですか」


 何の仕事だよ、と突っ込みを入れたくなったが言わぬが花だ。

 フリーランスの暗殺者……。


「前にもちょっと聞いたけど、冒険者なのに暗殺依頼の仕事があるの?」

「ありますよ~。手配書が出ている人物に限りますけど」

「暗殺って裏世界の仕事じゃないの?」

「裏は無節操なので好きじゃないです。人様に顔向けできない仕事はお断りです」


 暗殺に表と裏の世界があるのか……奥が深い職業なんだね。

 カーリーに話を聞いてみると、表の暗殺者は私が想像するような某スナイパーのようなものではなく、バウンティハンター(賞金稼ぎ)のようなものだった。

 この世界、賞金が付く手配犯は基本、生死問わず。


「カーリーはいつも一人で仕事しているの?」

「基本、一人ですよ。高額手配者はいわば王様みたいに守られているんで」


 徒党を組んで真っ向から対立すると小競り合いではすまなくなるので、暗殺という手段になるそうだ。

 マフィアのボスも常にボディーガードがいるしね。

 映画とか見ていると、確かに小競り合いというよりは局所的な戦争だし。

 ドンパチするよりは暗殺のほうが周辺への被害が少なくていいというのは想像がつく。


「でも暗殺だと、誰がやったなんて証明できないんじゃないの?お金、ちゃんともらえるの?」

「ギルドから映像記録ができる魔石を支給されるから、それと引き換えです。たまにイレギュラーで先を越されても基本の依頼料はもらえるんで」


 暗殺は長期にわたって潜入ということもあるので、依頼料と達成金は別。


「あ、お嬢様のためなら裏の仕事も引き受けますよ!」


 いや、そんな嬉々として言われても……。

 脳裏に第二王子の顔が浮かんだけれど、さすがにそれは依頼できないよね。

 向こうは王族だし、方々から恨まれているそうだし、でも生きているし。

 プロ中のプロでも躊躇しそうな案件なので、私は首を横に振る。


「カーリーがそばからいなくなっちゃうから頼まない」


 カーリーがぱぁっという擬音が付きそうな笑顔を浮かべた。


「安心してくださいっ、私は守るのも得意なんですっ!同業者の手口はよく知っているから大丈夫です!」


 何をどう安心して何がどう大丈夫なのか。

 突っ込みたいが暗殺談議が始まる予感がしたので我慢し、あいまいな笑みを浮かべて頷いておいた。


「実のところ、お嬢様はどの程度、狙われているんですか?」

「えっ、狙われているのが前提なの?」

「ナーガさんから聞きましたよ」


 カーリーの顔が真剣なモノへ変わった。


「……私は死んだことになっているから、それがバレなければ大丈夫だよ」


 私の顔を知っている人間は少ない。

 時間が立てば忘れられるくらいのモブ顔だし……あ、ちょっと胸が痛い。

 聖女じゃないほうなんてからかう対象でしかないし、たいていのいじめっ子は虐めた事すら忘れるし……なんかモヤモヤするけど。


 千葉さんが活躍すればするほど、私の存在は霞んで消えていくはずだ。

 事なかれ主義じゃないけれど、このまま忘れ去って欲しいというのが素直な心境である。

 聖女は千葉さん一人だけ。

 それが覆らない限り、私の事なんて誰も思い出さないんだから。

 なんだかちょっと気持ちが沈んできたので話を変えることにした。


「そういえば、お風呂に入る前にジークが変な顔をして私を見ていたけど、なんでだろう」


 カーリーは呆れた眼差しを私によこした。


「子供達の前ではお嬢様はお坊ちゃまだって設定、覚えています?」

「あ……」


 すっかり忘れていた。

 ジークからすれば私はオカマ、いやニューハーフ……年齢的にギリギリ男の娘といっていいのか?

 性別が男な私が女のカーリーと風呂を一緒に入るって、子供の目線的に……ただれた関係だとは思われていないよね?

 実はカーリーと恋人同士だったんだと思われただけだよね?


「あの子、年齢の割に賢いからバレたかもしれませんよ。お嬢様は演技が下手なので」


 プライベートアクトレスってなんか響きがかっこいいよね。

 なんて逃避気味に考えてしまう。


「あー、うん、設定、完全に忘れていた……」


 職業、プライベートアクトレスには向いていないことがわかっただけでも収穫だ、と自分を慰めてみるがむなしくなっただけだった。


「カーリーから見てもジークって賢いんだ」

「はい。自制心が強い子供って、特殊な育ち方をしているのですぐにわかるんですが……」


 特殊な育ち方ってところが引っかかったけれど……好奇心旺盛な私には聞かずにはいられないワードだと思う。


「特殊って?」

「いくら快適でも子供なら愚痴の一つや二つ出てもおかしくないのに、ジークはそういう事を言わなかったですよね。あのくらいの年齢だったら、家族に会いたいとか口にするのと思うのですが、それもないし」

「そうだった?誘拐されたせいでハードルが低く……そういう感覚が鈍くなっているとか?」

「我慢強さや自制心は環境によって左右されるモノだと私は思っています。極端に言えば、虐待や躾によるものです。ジークには自然体に見えますので、躾なのでしょう」

「将軍の子供なら、それもありだよね。弱音を吐いたら即、体力づくり的な世界」


 なぜかカーリーが大きく頷いて同意した。

 やはり実家が騎士の家系だけあって日ごろから体育会系のノリだったから、ジークの気持ちもわかるのだろうか。


「最初はエルフか竜人かと思ったんですが、将軍は魔族だし……」

「人種の違いで何かあるの?」

「エルフは長寿なので成長が人とまったく異なるんです。人族の成人は16歳だけどエルフは百才です。百年かけて大人の体に成長する種族なので、あの見た目でも私達より上かと」

「でも違うと思ったんだよね?」

「はい。エルフは耳の形が特徴的なので。不思議な事に、ハーフやその子孫でも、長寿の特徴が出るとエルフ特有の耳の形になるんですよね」

「竜人は?」

「彼らは知識を受け継ぐという特殊性があるんです。だから子供でも変に大人びた子供もいるんですよ」

「知識を受け継ぐ?」

「ぶっちゃけ、竜人って世界最強なんです。生まれてすぐ森の中に放置されても生きていけるのが竜人なんです」

「生まれてすぐ……」


 この世界で、生まれてすぐに一人で生きていけるって……確かに最強種族だ。


「魔族とか獣人は?」

「魔族とはそもそも魔力量が人族にありえないくらい多いから魔族と呼ばれているだけで、人族から派生した種族です」


 人間が突然変異を起こして魔力量が増大になり、その影響で長命になった人達が魔族だそうだ。


「獣人は?」

「神獣とエルフの子供が獣人になったという神話があります。獣人は神獣の特徴とエルフの特徴を併せ持って生まれたと。彼らの戦闘能力を見ればさもありなんといった感じですが」

「強いの?」

「強いですよ。中には神獣の姿に変身できる者もいるので、神話ではなく実話なんじゃないかという説が強いです」


 生物的に最強なのが竜人。

 戦闘力なら獣人。

 魔法なら魔族。

 バランスがいいのはエルフ。

 人類は最弱だが謀と数の暴力が侮れない存在。

 世界情勢がうっすらと見えてきた。


「……ドワーフっていないの?」

「なんですか、その生き物」


 この世界にドワーフがいない、だと?

 私の脳内で踊る小人たちががっかりしたように肩を落としてうつむいた気がした。


「ええっと、特徴は背が低くて力があって、手先が異様に器用」

「ああ、魔族の中にはそういう者たちもいますが、背は普通ですよ。お嬢様の世界にはそういう種族がいるのですね」

「ああ、違うの。私のいる世界は人族だけで、想像の世界に小人とか妖精とかがいるの」

「妖精?」

「実態を持たない意識体で、羽が生えてて、魔法が使えて、森羅万象に命が宿って生まれる人でも神でもない存在、かな」

「魔獣にそんな感じのモノがいますよ。手のひらサイズでピクッシーというんですが、人に似た形態で昆虫みたいな薄羽が四枚はえていて、集団で人や動物を襲って食べるんです。一匹見たら三十匹はいると思えと言われる要注意の魔物ですね。見た目はうっすらと光って神秘的なので観賞用としては人気です」


 Gのような扱いもそうだけど、肉食なんだ……しかも観賞用って……。

 脳内のお花畑を飛び回る妖精たちが一斉にこちらをむいたかと思うと、血が滴り落ちるステーキを手づかみで貪りはじめ、ホラー映画さながらの光景になんだか悲しくなった。


「じゃあ精霊は?」

「いますよ。森羅万象と無垢な魂が混ざり合って生まれる神の眷属です。生きられなかった魂を憐れんだ神の慈悲と言われています」


 精霊として今生を謳歌してほしいという神様の慈悲……私への慈悲はないのだろうか。

 それとも神様は、私という人間を認識していないから、私を知らないから、慈悲のかけようがないのかもしれない。

 でも異世界から召喚されたら、さすがに神様も気づいてくれると思いたい。

 それとも世界を移動するというのは神様的にはハードルが低い、どうでもよい事象の一つなのだろうか。

 ところ変われば品変わるという言葉があるけれど、世界が変わったら世界観から変わったよ。

 こんなことならもっとラノベとかアニメを見て頭を柔軟にしておくべきだった……。




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