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その時、千葉さんは


 色々と説明を受けたあと、案内人はシスターに変わった。

 しばらく生活する部屋に案内された。

 ここは城ではなく、神殿だそうだ。

 教会じゃないのかよと思っていたら、神殿というのはその国の教会を統括している場所でもあるので各国に一つあるそうだ。

 ちなみに総本山は不可侵条約の下、一つの国として存在しているそうだ。

 バチカン市国みたいなものだろうか?


「……なんだろう。客間と聞いていたのにこの落ち着く感じ」


 部屋の中にはチェストと机、ベッドがあった。

 言い換えればそれだけで華美でなくそこはかとなくカビ臭さが漂う質素極まりない部屋だった。

 トイレは共同で、廊下の二つ目の角を左に曲がったところ。

 さらに奥へ行くと共同の水浴び場所があるという。

 風呂じゃなくて水浴び……日本人としての矜持がどこかへ行きそうだ。


「こちらは女性専用の建物なので、異性を連れ込むなどの行為は禁止されています」

「この場所はどういったところなのでしょうか」

「神殿に来たシスター達の宿泊棟です」


 過大解釈をすれば客間と言える。

 そして気が付けばシスターとしての心構えやらなんやらを拝聴する羽目になった。

 このままここにいたらシスターにはなれるんじゃないかと思った。

 衣(簡易な修道服)食(パンと野菜スープで肉なし)住(小さい個室と共同生活)が保障された奉仕の精神で働く職場。

 や、職場って思っちゃう時点で聖職者じゃないね。

 千葉さんはどうしているかな……。








「あー、うっざ!マジうっざ!」


 ふわふわの羽毛布団の上にダイブした秀美は心の声を口にする。


「聖女?救世主?何よそれ」


 耳当たりのよい言葉の説明は受けたが納得はしていない。




 ノクトン国は現在、魔族と交戦中。

 国のために戦う兵士たちを癒し、そして悪魔どもが振りまく瘴気を浄化してもらうために聖女を召喚。

 第二王子であるアラン自らが陣頭指揮を執って聖女を見事に召喚し、今に至る。

 これから聖女は基本的な知識とマナーを身に付けつつ魔法の勉強をし、前線から後衛に移動された兵士たちを慰問しつつ浄化しまくるらしい。




「私が聖女様ねぇ……。さて、どうしたらいいのかしらねぇ」


 ベッドから起き上がると、サイドテーブルの上に置いてあった水差しを手に取ってコップに注ぐ。

 レモンに似た香りが鼻孔をくすぐり、爽やかなのど越しで水の冷たさが体の中に広がっていく。


「どう考えてもあっちの彼女が聖女だと思うのだけれど……」


 聖女扱いされて少々浮かれてしまったが、あの場で勝手にアラン王子が聖女だと決めつけただけだ。

 自分が聖女だなんて自覚も可能性も現時点ではないと冷静になった今ではそう受け止めている。


「だいたい異世界ってナニ?元の世界に返してよ……」


 愚痴を言いつつも頭の中では目まぐるしく今後のあらゆる可能性を模索する。

 聖女ではなかった場合のその後はどうなるのか。

 普通に考えれば金を与えてはいさようなら。

 しかし千葉秀美は己の美貌を客観的に見てもトップレベルだと自覚している。

 それゆえに向けられる視線にも様々な種類があることを、身をもって知っている。


「王子様もねぇ……顔のつくりはいいんだけれど……」


 熱を孕んだ目。

 そこにあるのは欲望。

 しかも質の悪い視線だ。

 この女を自分のモノにしてついでにこの女を使って一儲けしてやろうという野心と見栄と打算で、そこには愛はない。


「残念だわぁ……」


 顔だけならなかなか好みなのだが性格の悪さが顔ににじみ出始めている。


「でもせっかくのお誘いなのだから、存分に利用させてもらおうかしらぁ」


 職業、舞台衣装等デザイナー。

 昼ドラも真っ青などろっどろの人間関係の中を生き抜いてきた32歳、独身。

 特技、メイク、肌のお手入れ。

 自慢は20代前半にしか見えない美貌と、人間ドックで受けた肌年齢22歳と血管年齢16歳。

 生涯結婚できないだろうと思っている反動で博愛主義者である。


「……この世界で真実の愛に出会えるかしら」


 地球ではいなかった。

 寄ってくる人間は後を絶たないが、そこに愛はなかった。


「はぁ……美しいって罪よねぇ……」


 ナルシストここに極まれり、と突っ込みたいところだが本人はいたって真面目だ。

 美人にも美人の悩みがある。


「はぁぁぁぁ。あの子、西城さんといったかしら。はなされてしまったけれど、大丈夫かしら?あのバカ王子に誰も逆らえないみたいだし……心配だわ」


 自分を聖女だと断定したアラン第二王子。

 もうそれだけで底の浅さが露呈している。

 どんなにお勉強ができたとしても、あれの本質は典型的な金持ちのバカ息子だ。

 側近にまともな者がいればいいのだが、典型的なという言葉が付く時点で聞く耳を持たないし排除するように動くだろう。

 だとすれば、常識が期待できるのは側近の部下だろうか。


「まずは人間観察から始めましょうか」


 自分の身を守るためにも、彼女の身を守るためにも誰が味方になりそうなのか見極めなければならない。

 西条静香を守り、周囲の人間の思惑を知ること。

 うまく立ち回ってある程度の権力を手に入れる。

 最悪、逃げ出す算段も織り込んで。


 そう自分に目的を課すことでパニックになり喚き散らしたくなる心をコントロールする。

 やるべきことがあれば人は冷静になれるのだ。

 寝る前にパックができないのを不満に思いながら、睡眠時間をきっちりとるべくベッドにもぐりこんだ。



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