ためらう理由
ウルバルとナギはすぐに帰ってきた。
認識阻害の魔法で後を追うのが困難になったから戻ってきたそうだ。
半分、ほっとした。
残りの半分は、もしかしたら人さらいのアジトを見つけてくれたかもしれないという勝手な期待だ。
「どうやら腕のいい魔法使いがいるようだ」
ウルバルは淡々と私に報告してきた。
なんで私?
「広範囲の認識阻害は上級といっていい。気が付かないわけだ」
「でも、私もナギも叫び声は聞こえたよ」
「多分、精神的な力が強いんだろう」
「精神的なって、意味不明なんですが」
根性論的な話だろうか。
「精神攻撃に耐性があるということだ。睡眠魔法や混乱魔法もかかりにくい」
ウルバルはほんの少しの好奇心を乗せた眼差しを私に向けた。
「素質なのか、苦難の人生を歩んできたのか、聖者の修行でもやったのか……」
素質はともかく、後の二つには嫌というほど心当たりがあります……。
思わず遠いお空を眺めてしまった。
「それではお嬢様、素材の交換と買い物をいたしましょう」
おおっと、この村に来た目的を危うく忘れるところだった。
初めてのおつかい!じゃないけど、初めて尽くしの事なのでナーガにおんぶにだっこである。
ナーガはまず雑貨屋に向かった。
こういった村では食料品店は食べ物だけで素材の買取は雑貨屋が担当するそうだ。
隠れ里なので売買の相場は低いが、金持ちになるためじゃないので気にしない。
生活必需品が買えればいいのだ。
初めての物々交換……。
小学一年生の頃にやったシールの交換以来だろうか。
期待で胸がいっぱいだ。
雑貨屋の店主に生暖かな眼差しと生ぬるい笑みを浮かべられた事は一生忘れないだろう。
いったい何歳児に見られていたのやら。
一桁でないことは祈りたい。
「お嬢様専用のナイフも必要ですね」
ナギには自前の、ナーガには包丁とカテトリーナイフ、ウルバルも一般的なサバイバルナイフみたいなものをもっている。
「ナーガはサバイバルナイフ、持っているの?」
前々から疑問だったことを聞いてみた。
「果物ナイフならば持っていますよ」
だと思ったよ。
執事のくくりにこだわるナーガはなぜか戦う時でもカトラリーナイフ。
「ペーパーナイフやバターナイフじゃダメなの?」
執事というのなら、カトラリーナイフというよりはペーパーナイフじゃないのだろうか。
「どちらも刃がつぶれているじゃないですか」
わけのわからない返事に私の方が戸惑う。
カトラリーナイフだって刃はつぶれていた、よね?
ウルバルもなんだか消化不良といった顔をしているから私の考えは間違っていないはず。
彼の持つカトラリーナイフはきっと特別製なのだろう。
気にしたら負けだ。
「お嬢さんのナイフは私が選んであげよう」
「ぜひ、お願いします」
私はウルバルの言葉に乗った。
ナーガが残念そうな顔をしていたがスルーだ。
……今思ったんだけど、精神耐性って、ナーガが来てから上昇していたりして。
前の主、バカ息子の精神耐性も相当なものだったんじゃ……。
鍛冶屋の中に入ったので、それ以上は考えるのをやめた。
中はカウンターで仕切られて、奥は工房になっている。
「お嬢さんように軽くて丈夫なナイフを見せてくれ」
ウルバルに声をかけられた男が工房から姿を現したのだが……ちっちゃい!
私の肩くらいまでしかない。
ままままさか、ドワーフ?
いわゆるテンプレなドワーフではなく、いかついガテン系のおっさんをちょっと小さくした感じで距離感が狂うな。
身長が私より高ければ人間と変わらない容姿だ。
印象は……ポリゴン加工しやすそう。
ブロックで作れそうな感じ。
「用途は?」
「サバイバル用」
「なら、こいつだな」
木箱をカウンターの上にドンと置く。
ウルバルはギザギザなものではなく普通の刃のナイフを数本選んで並べて置いた。
サバイバルナイフっていうと、刃がギザギザってイメージが強いんだけど、実はそっちのほうが少数派だと聞いてちょっとびっくり。
この世界では刃がギザギザだったら、ナイフのくくりではなくノコギリのほうが一般的だそうだ。
やはり魔法が使えるから、微妙にくくりが違うのかもしれない。
といっても、元の世界でもナイフとノコギリの境界線なんて知らないし、OLにはどうでもいい話だし。
「手に合うものを選ぶといい」
大小さまざまで重さも様々。
小さいからと選んだら意外と重かったり、大きいからと思ったら変に軽くてびっくりしたり。
武器というか、刃物って奥が深いね。
大きさは小さくて重みは中くらいの品を選んだ。
「なかなかいいモノを選んだな」
細いベルトと鞘もセットで買い、私はご満悦だ。
いっぱしの冒険家になった気分だよ。
気分だけね。
「あっ……」
店を出た私は見覚えのある男を発見してしまった。
ぶらぶらとさりげなく歩いているが、あの服装は間違いない。
散歩を装って物色中といったところか。
「どうかしたのかな、お嬢さん」
「あの人、さっき子供をさらおうとした人」
どうしよう、どうしたらいい?
この世界にはお巡りさんがいないし、この村には兵士だっていない。
「君はどうしたい?」
ウルバルに静かに問いかけられ、私は言葉に詰まった。
男の後をつけてアジトを探ってさらわれた二人の子供を助けてあげたい。
でも、私は正義の味方でもなければ警察官でもないし格闘家でもない。
だけど、でも、と願ってしまう。
子供達が助かるといいな、とあくまでも他人事で。
脳裏をよぎったのは、子供達がさらわれたと話す村人たちの顔。
辛そうだった。
自分の事のように案じているのが私でもわかった。
小さな村だから、村全体が家族みたいなものなのだろう。
魔の森で魔物から一生懸命に身を守って、身を寄せ合って生きてきたのだろう。
胸の奥がずきんと痛んだ。
私には助けだせるだけの力がある。
今はもうか弱かった日本のOLじゃない。
ウルバルは精神力が高いって言ったけど、それは嘘だと思う。
だって、こんなにも私はためらっている。
良いことをする事に、力を行使することに、正義の味方をすることに。
戦闘能力を考えればナーガとナギがいる。
王国の騎士すら敵わない彼らがいれば、自分の手を汚すことなくきっと助け出せるだろう。
だけど、でも。
その一言を口にする勇気がない。
だってもし彼らが傷ついてしまったら?
私の不用意なお願いで。
見ず知らずの赤の他人が今も悲しんでいる事よりも、私の身を案じてくれる人たちがけがをする方が嫌だ。
私は利己的な人間だから、他人よりも自分が一番。
ウルバルの緑の目が私をじっと見つめている。
結局その強い目力に負けてしまった。
「……後をつけて子供達を見つけたい」
本音を口にしてみたが、声が微妙に震える。
「わかった」
ウルバルが、いたずらっ子のようにニッと笑った。
初めて見るその表情に、ちょっと見惚れた。
「そうそうお嬢様。今回、索敵魔法は使いません」
「えっ、どうして?」
ナーガの言葉に私は驚いてしまった。
「腕のいい魔法使いがいるということは、魔法を感知してしまう恐れがあります」
「感知できるの?魔物とか動物は気が付いていないみたいだけど」
「はい。ほんの一瞬ですが、勘のよい者ならば気が付きます」
もちろん魔物や動物も感知しているが、敵意もないしほんの一瞬なので気にしていないという知能がないがゆえの残念な理由だった。
「じゃあどうやって後をつけるの?」
私の疑問にナーガはとてもよい笑顔で答えた。
「お嬢様には隠ぺいスキルがあるではありませんか」
気配を消してあとをつけるという、昔ながらの手法だった。
魔法を使わないから見つかる可能性が低いらしい。
いっそのこと、忍者でも目指してやろうかとちょっとやさぐれた気分で力なく笑顔を浮かべた。




