誤解は簡単に生まれる
「ふぅん。ここが隠れ里か」
ウルバルさんも好奇心に目を輝かせている。
「よくある貧乏な村と思ってけっこうです」
ナーガ、たとえそれが本当の事であっても、声はひそめろっ!
村に足を踏み入れた途端に視線がビシバシと突き刺さる。
さっそく、余所者に警戒する視線の洗礼にあっています。
聞こえちゃった村民の方々がお怒りになったらどーすんのっ!
私の繊細な心臓が破裂しそうだ……。
「思ったより穏やかなのだな」
村の入り口にいた、RPGで声をかけると〇×村へようこそと答えてくれるような村人って、実は歓迎しつつも村への侵入者をさりげなく探って村人に警告する役割なんだという事を知った。
私たちの服装や関係性を瞬時に見向き、危険人物かを判断する。
兵士がいない小さな村だからこそ、盗賊の斥候かを見極める必要があるのだろう。
危険がないと判断されたのか、村人はすっと視線をそらして畑の手入れに戻っていった。
とりあえずいきなり武器で襲われる心配はなさそうなのでほっとする。
安心したとたんに自分がどう見られていたのかが気になるのはしょうがないよね。
まとわりつく貧乏人と下働きの娘その一と思われるのと、どっちがマシ?
ナーガの後についてくと、いわゆる商店街に到着した。
といってもさ、入り口からまっすぐに歩いてきただけなんだけど。
左側の手前から、鍛冶屋、雑貨屋、薬屋。
右側の手前から、宿屋を兼ねた酒場、パン屋、食料品店。
人の気配はするが、村人の姿は発見できず。
店の中にいるのかな?
『悲鳴だ』
ナギが眉をひそめ、道をそれた。
「あ、ちょっと待って」
慌ててナギの後を追いかけて店と店の間の道に入った。
道があるから裏通りと言っていいのだろうが、店の裏側は朽ちた家が遠めに見える雑木林だった。
道から雑木林の方に連れ去られようとしている子供を見つけた私はナギに命令していた。
「あの子を助けてっ!」
口にしてから最低だと思った。
他力本願にもほどがあるが、ナギならチンピラにおくれを取るとは思わない。
だけど命令慣れしていない私にとっては、自分の手を汚さずに他人にやらせるという事に罪悪感を覚えてしまう。
ゲームじゃなくて現実なら、日本育ちの一般人なら当然の感覚だと思う。
口をふさがれて涙目だった女の子が私に気が付いたと同時に、さらおうとした覆面の男は女の子を投げ捨てて逃げ出した。
「ふえぇぇぇぇぇんっ!」
女の子が泣き始めたので、私は慌てて膝をついて女の子の顔を覗き込んだ。
「大丈夫?怖い人は追っ払ったから……」
女の子は耳がとがっていた。
いわゆるエルフという種族だろうか。
美少女だった。
うん、さらっちゃう人の気持ちがわかるよって思わず言っちゃうくらいの美少女だ。
「テメーっ!そこで何してやがる!」
怒った男の怒鳴り声に思わず首をすくめた。
「えっ、何って……」
さらわれそうになったのを見て助けたところだ、という前に、私はどこから湧き出たのかわからない村人たちに囲まれていた。
なんで?さっきまで誰もいなかったじゃん。
女の子が一人だけだったのに?
というか、この状況、不味くない?
ギラギラと血走った眼をしながらスキやらクワやら棍棒を振り上げている村人達の殺気に私は硬直していた。
殺される……。
「魔女め、よくも子供達を!」
え、なに、子供達って、達ってどういう意味?
複数形だよね、でも目の前の女の子は一人なのに何言っているのこの人。
しかも魔女って、確かに魔法は使えるけど、使った覚えはないよ?
言いたいことは山ほどあるけれど、言葉にならなくてあうあう言っていたら、超絶美形のお兄さんが飛び出してきて私を突き飛ばし、女の子を抱きしめた。
「パウロ!」
女の子は男の子だった。
いや、性別はどうでもいいが、地面に転がった私は視界の端に農具をとらえながらゆっくりと体を起こし、その場にへたり込む。
武器を持った男たちに囲まれて、目の前に頑丈そうな棒をつきつけられたら動きようがない。
えぐえぐ泣いているお子様は親に連れされてあっさりと退場。
残されたのは地面にへたりこんで座っている私と、武器をもって殺気立った村人たち。
どうしよう、どうしたらいい?
怖くて声が出てこない。
ここにはナギもいないし、ナーガとウルバルもいない。
なんでいないの?
わからない。
「この女を痛めつけて仲間の居場所をはかせよう!」
「そうだな」
パニックに陥っている私の耳にとんでもない言葉が飛び込んできた。
痛めつけてって、拷問されちゃうの?
拷問というキーワードで脳細胞が勝手に拷問のノウハウを再生しようとしたその時、淡々とした口調でナーガがふわりと私の前に着地した。
「お嬢様、見つけましたよ」
村人たちもそうだけど、私もぽかんと彼を見上げる。
だって、村人の頭上を飛び越えて私の前に着地したんだもの、そりゃ驚くよ。
「こんなところで何を座り込んでいるのです?」
優雅に手が差し出され、私はすがるようにその手をとった。
「この者達は?」
「ご、誤解なのっ。私は助けただけなのに、人さらいと間違えられて……」
ナーガの目がすっと細められた。
「私のお嬢様を人さらいだと?」
低くつぶやかれた声を聞いて背筋がぞくりとした。
へっぴり腰で立ち上がった姿勢のまま硬直した。
大丈夫だと安心して涙が出そうになっていたけれど、引っ込んじゃったよ。
村人たちの顔も心なしか青くなっている。
「どなたかお嬢様が人をさらう場面を見たという方はおられますか?」
淡々とした口調に、村人たちが顔を見合わせる。
「私のお嬢様は人を傷つけることを良しとしないお人柄でございます」
殺気を放ちながらナーガは笑みを浮かべる。
お嬢様はそうだけど自分は違うよとナーガが言外に告げたことに、何人かの察しのいい村人が気付いて後ずさった。
このままだと色々とヤバイとテンパった私はもう必死だった。
「私が違うのは、あの子に聞いてみたらわかるので、誰か聞いてきてくださいっ!それまで大人しくここにいますからっ!」
もう必死だよ。
主人の私のいう事をナーガがどこまで聞いてくれるのかをこの場で試すつもりはない。
私の必死さとナーガの殺気が伝わったのか、あたふたと村人が退場した親子の元へと事情を聴きに行った。
「何があったのですか?」
「何って、ナギが悲鳴を聞いて走り出したから、私も後を追いかけて、そうしたら女の子がさらわれそうになっていたからナギをけしかけたら男が女の子を置いて逃げていったの」
一息で一気に説明する。
ナーガも周りの村人もいぶかしげな顔で私を見ている。
「嘘じゃないよ」
「わかっておりますが……これはいささか面倒な事に巻き込まれたようですね」
「え?」
「認識阻害の魔法がはられていたのです。私とウルバルはお嬢様がいなくなったことに気が付きませんでした」
表通りに人気がなかったのもその魔法のせいだったらしい。
住民は湧いて出てきたわけじゃなくて、最初からいたけれど他人を認識できない状態になっていたそうだ。
「それでもナギ様を見失なわなかったお嬢様はそういった魔法が効きにくいのかもしれませんね。何しろお嬢様は無駄に精神力が高いですから」
修験者の修行(遭難)をしたおかげで私の精神力は高く、精神に干渉する魔法は効きにくいと教わったけれど、無駄にってひどくない?
ナーガがそんなことを言っていると、超絶美形のエルフ親子が戻ってきた。
「このおねーちゃんがたすけてくれたの」
目を赤くさせながらもたどたどしく、でもちゃんと否定してくれた。
ショタじゃないけど、惚れてまうやろーっ、と叫びたいくらいに嬉しかった。
村人たちの誤解がとけてほっとしたのもつかの間、知りたくもない情報を彼らは教えてくれた。
最近、外から子供をさらいに村へ来る輩がいて、すでに二人のお子様がさらわれているそうだ。
聞きたくなかった……。
そして関わりたくなかった……。
「そういえば、ウルバルは?」
「ナギを追いかけていきました」
嫌な予感がビシバシする。
この手のパターンで、私は『だが断るっ!』というキメ台詞を言えるだろうか……。




