やればできる子だから
私の索敵と隠ぺいの魔法を見たウルバルは重々しい口調で私に言った。
「……君はどこを目指しているんだ?」
「どこと言いますと?」
「職業的に言えば暗殺者の類だな」
「ええっと、職業的にはどこも目指していません」
「ではなぜそこまで水準の高いレベルを目指す?」
「あ~う~え~っと……何ともうしましょうか……敵を知る、という感じ?」
どういう感じだよそれ、と自分で心の中で突っ込みを入れていると、ウルバルもそんな目で私を見ていた。
小さくため息をつくと、ウルバルはナーガを呼んだ。
「お呼びでしょうか?」
慇懃無礼な態度で恭しくナーガがウルバルの前で一礼する。
「お前たちは彼女に何をさせたい?逃げるだけならここまでやる必要はないはずだ」
何やらウルバルさんはお怒りのようです。
「私のレベルって、どの程度なんですか?」
「隠ぺいに限ればプロ級だな」
それはもちろん、暗殺者の、だよね?
うつろに笑う私からナーガが目をそらした。
「お嬢様には隠ぺい魔法の素質がございました」
表情一つ変えずにしれっとナーガがのたまう。
「伸ばしてみたくなるのが人の業というものでしょう」
「ナーガは人族じゃないじゃんっ!」
つい全力で突っ込んでしまった私をよそにウルバルはため息をついた。
「どこまで伸びるのか、いやさ最高峰まで到達可能と判断した故にそこに至る道筋を最短に考えた結果でございます」
「言っていることはもっともらしいけどやっていることは普通じゃないよね?」
最短ルートの結果が魔物の巣に放り込むという荒行。
今までの無茶ぶり修行に息が荒くなるまで文句を言った。
「よく死ななかったな……」
美形の憐れむ表情って半端ないっすね……心が痛いっす……。
膝から崩れ落ちたい……。
「ナーガが治療魔法を使えるから……」
「殺される前にちゃんとナギ殿が追い払い、私がけがを治しておりました。お嬢様の玉の肌には一筋の傷すら残っておりません」
いや、そこはドヤ顔で言う事じゃないからね。
普通は傷つけません、だよね?
ほんと、久々に殺意がわいたよ?
会ったことのないバカ息子と酒を交わしながら一晩じっくりと執事について語り合いたい気分だよ。
「彼女に目指す気持ちがないなら、これ以上は必要がない」
ウルバルは私を探るような鋭い視線を向けてきた。
「俄然、君という女性に興味がわいてきたよ」
あまり嬉しくない言い方だ。
「聖獣と魔族を従えた、常識を知らない女性か」
貴族の愛人の子供だが魔法が使えるので本宅に引き取られたが何か事情があって逃げ出して今に至る。
うん、ありがちなストーリーだけどそう思ってそうだな。
むしろそう思っていてくれたまえ。
というかこの段階で私が聖女としてこの世界に召喚された女だと見破るほうがどうかしていると思うし。
「お嬢様の素性を探るというのならば、私が容赦いたしませんよ?」
ナーガがひやりとするような殺気を含めた声でウルバルさんを思考の渦から引き揚げた。
ウルバルはにやりと笑う。
マフィアの若いボスVSヤクザの大親分の闘いが今始まる、という煽り文句が付きそうな映画のポスターみたいに二人がにらみ合っている。
こいつら、無駄に絵になるなぁ。
若手イケメン俳優といぶし銀のベテラン俳優。
私がヒロインだとどういう立ち位置だろうか?
私のために争わないで、みたいな?
……うん、そろそろ現実に目を向けようか。
でもさぁ、殺し合いが始まりそうなこの雰囲気、どうしたらいいんだろう。
『腹が減った』
ナギが私のそばにひらりと舞い降りた。
巨体バージョンで砂ぼこりの一つも舞わないで着地ってすごいな。
『腹が減った』
……これはパターンとして定着するのかしら。
ナーガはともかくウルバルにはナギがガウガウ言っているだけにしか聞こえないし。
「私も甘い物が欲しいです」
ここはナギに便乗しておこう。
魔法を使っておなかがすいたしね。
「わかりました」
仕方なさそうにナーガは引いてくれた。
「お願いしますね」
ナーガは私に頭を下げると、ご飯の用意をするために姿を消した。
ウルバルは私とナギを見比べる。
「聖獣と話ができるのか」
「契約したから」
そう私がこたえると、ウルバルは形のいい眉を片方ちょっとはね上げた。
「一つだけ答えて欲しいのだが」
「答えられることなら」
「お嬢さんは逃げているのか?」
何から、とウルバルさんは問わなかった。
だから私は素直にうなずける。
「そうです」
「そうか。では逃げるためだけなら隠ぺいの魔法はこれ以上、鍛える必要はない。捕まった時の対処法と見つかってから逃げ出すための対処法を私が教えよう」
「いいの?」
「私も逃げている最中だ。問題ない」
そういえばこの人、盗賊から逃げているんだっけ。
盗賊から逃げる?逃げ回る?どっちなんだろう。
通りすがりに狙われただけなのか、素性が関係して狙われたのか、今も狙われているのか。
聞きたいことは山ほどあったけれど、それを聞くということは相手の事情にどっぷりつかってとばっちりをうける可能性が出てくる。
私たちはお互い様な感じで互いの事情を知らずに一緒に行動することになったのだけれど、本当に歪な関係だ。
何者かに襲われたちょい神経質そうだが美形のよいトコのお坊ちゃん。
背景にあるのはお家事情か恋愛のもつれ、お金関係と、色々と妄想を掻き立てたくなる状況に、絶対に余計な好奇心で彼の背景を暴いて厄介ごとに関わらないことを決意した。
私は異世界召喚に巻き込まれたモブOLのはずだ。
聖女の称号も見え隠れしているけれど、それはどこかに置いておこう。
現時点ではまだ聖女ではないからね。
それよりも問題は、目の前の青年、ウルバルだ。
この超絶美形をどうしてくれようか……いや、どうしようもないんだけどさ。
「ふむ……。お嬢さんは体の使い方の基本ができているな」
「そうなんですか?」
「最悪、体力づくりから始めるかと覚悟していたが、これなら実戦形式でも問題ない」
日本の体育の授業で色々とやりましたから。
前転後転側転、壁倒立、跳び箱6段、飛び込み前転だってやったし、補助ありで宙返りもやった。
短距離走に長距離走、走り幅跳びに高跳び、ハードル走。
ドッチボールに始まって三角ベースやハンドボールにサッカー野球、バレーボールにバスケットボール、テニスだってやったよ。
水泳はクロールと背泳ぎ。
平泳ぎとバタフライも習ったけど、前に進まなかったなぁ……謎だ。
剣道は竹刀を二時間ほど振ったし、柔道は受け身の練習だけ二時間やったし、創作ダンスでバレエの真似事みたいなこともやった。
……こうして振り返ってみると、けっこういろいろやっているなぁ。
運動会も含めれば玉転がしとか綱引きとかもあるし、盆踊りもある。
運動に限れば元の世界では普通の評価でも、こっちの世界では高評価?
嘘、マジ、すごいじゃん私!
なんて調子に乗っていた時もありました。
体を思うように動かす、という事ができるという理由でレッスンは次の段階に移った。
つまり、襲われた時の対処法実践編。
そこはいいが、背後から抱きしめられたりとか横からいきなり腕を掴まれて路地裏に連れ込まれるというシチュエーションとかって……。
何が問題かって、超絶美形の顔が目の前にあるってことだよっ!
恐怖に胸が高鳴る場面で美形に萌えて胸が高鳴るって違うからっ!
背後からぎゅっとされて、布団にくるまってきゃ~とか言っちゃいたくなる羞恥心とか、引っ張られてその胸に抱きとめられたいなんて欲望とか、違う意味で体が委縮して護身術が使いづらい……。
平和の国日本に生まれて人を故意に傷つけることに忌避感はあるけれど、それとこれとは別だ。
せめて体操のお兄さんとかだったら「さぁ、君も一緒にやってみようね~!」と和やかに背負い投げ一本とか楽しくできたかもしれないのに。
「動きが硬いな」
そりゃそうだろうよ。
画面越しならともかく、日本にいたら絶対にお近づきにはなれないしならなかったであろう美形が目の前に!
至近距離ですよ、息遣いが聞こえちゃうくらいの至近距離!
しかも声のトーンがまた好みだったりするからもう脳内で色々と分泌されちゃってます。
むーりぃー、ぜったいに、むぅりぃ~。
修験者並みの生活を送っていた私なのに、今はもう煩悩まみれですわ、はい。
戻ってきた煩悩、そして乙女心ってヤツが憎いくらいに私をコントロールしているよ。
顔が赤くなるし、胸がドキドキするし、よだれが……ゴホン、見惚れて口が開けっぱなしになるし、緊張のあまり動きがぎこちなくなるし……最悪だ。
いい点探すとしたら鼻血を流さなかったという一点のみというポンコツ仕様。
「……きっと知り合いだから痛い思いをさせたくないと思うあまり力が出ないんだと思います!だからこのつた袋をかぶってみましょう!」
顔がすっぽりおおわれるくらいの大きさの蔦で編んだ巾着袋を広げてウルバルに押し付けた。
「蔦で編んだ袋……」
複雑そうな顔をしつつも彼はちゃんとかぶってくれた。
「生まれて初めて被り物をした。お嬢さんといると退屈しないな」
でしょうね。
今までの人生の中でこんな目に合わせる女がいたとは思えない。
むしろご尊顔を拝みに女性がわんさか押しかけて身動きが取れないという状況なら容易に想像できるけど。
「では始めようか」
ウルバルの態度は変わらず淡々としている。
ふぅ、視覚の暴力がなくなったおかげで冷静になれたぞ。
さっきよりはリラックスして動けそうだ。
ウルバルから教わった護身術は、昔テレビで見た痴漢撃退特集とたいして変わらなかった。
意外と覚えているもんだなぁと思いつつ、ウルバルの腕の中から抜け出す。
それから顔に向けて拳を放つとその場から離脱して逃げ出す。
凶器を持つ手のひじよりちょっと上の、手をぎゅっと握ると筋肉が動く部分をアイアンクローのように指先でつかむ。
「っ……」
「ご、ごめんなさいっ、強くつかみすぎました?」
「いや。最低でも今ぐらいの力は必要だ」
顔が見えなくなったとたんに調子の上がった私はやっぱりイケメンに弱いのだろう。
「お嬢さんは格闘の経験が?」
「いえ、まったく。ウルバルの教え方がいいのだと思います」
体育の時間に柔道をやっていた友達に痴漢撃退方法として内またと大外刈りと一本背負いのやり方を教わった程度です。
あと、会社の先輩からボクシングエクササイズのDVDを借りて三日坊主でした。
おっと、忘れちゃいけない幼き日のよき思い出として、イケメン俳優の登竜門と言われた変身アクションものでごっこ遊びぐらいでしょうか。
興に乗りすぎて飛び蹴りをかましたあげくに自爆して左ひじにひびが入ったのは懐かしくも切ない思い出た。
切れ目の入っていないタイトスカートで勢いよく蹴り上げたら軸足がスカートの裾にひっぱられて宙に浮き、ひっくり返って頭を打った思い出も懐かしい。
フレアスカートなら大丈夫だけど、タイトスカートで蹴りをするときはたくし上げてからやらないと危険なんだと知った幼い日、アクションは作られたものなのだと悟りを開いた瞬間でもあった。
テレビでやっている格闘技とかたまに見ていたから、そういう技があることは知っている。
プロレスなんかライブアクションドラマだし。
何が言いたいかというと、格闘技というものを目にしたことがある人と目にしたことがない人との差なんだと思う。
見たことのある動きだからなんとなくできる。
「ふむ……。お嬢さんには接近戦の才能がおありか。意外性に富んでいるな」
……チート、じゃないよね?
私は普通のOLだよね?
なんか最近、自分の価値観というか基準がおかしくなっているような気がする。
ああ、会社の先輩の事を思い出したら女子会がしたくなってきたな……。
意味のない恋バナで妄想全開したい。




