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世界の常識、非常識


「ナーガ。ウルバルさんがしばらく一緒にいたいって」

「お嬢様。木箱に入れて元の場所に戻してきてください」


 元の場所と言えば、川じゃないか……流す気満々だな。


「なんで木箱?」

「私なりの配慮でございます。ご希望がございましたら石でもお詰めいたしますが」

「そんな梱包材みたいに言われても……確実に沈めにいっているよね、それ」


 泥船のごとく沈んでいくウルバルさんの幻が見えた。


「お前の主であるお嬢様の言質はとれている」


 ウルバルさんが横から口を挟むと、ナーガの眉間にほんの一瞬だけしわが寄った。


「どういう事ですか、お嬢様」

「うっ……ま、まぁしばらく一緒に過ごしてほとぼりを覚ましつつ、ついでに助けてもらった恩返しもできたらいいなぁというウルバルさんの思惑です」


 ナーガの目がウルバルさんの方に向けられる。

 ウルバルさんは鼻でふふんと余裕の面持ちでナーガを見返していた。

 ん、なんか寒気が……。


「さ、さぁてと。今日のご飯はなぁにかなぁ」


 上ずった声で無理やり楽しそうな声を上げてみると、ナーガが反応した。


「お嬢様のお好きな柑橘系のソースをかけたピラーニャのソテーでございます」

「うわぁ、ご馳走だね」


 ナーガの作るピラーニャのソテー柑橘系ソース和えは絶品だ。

 私の中で上位三位には入る逸品!


「さぁ、こちらへどうぞ」


 地面の上に直接テーブルが置かれている。

 今日のテーブルクロスはレースで作られていた。

 これらをどこで用意したかなんて無粋な質問はしたことがないけれど、削りたての木の匂いは否が応でも作り立ての自己主張を感じずにはいられない。

 イスもよく見れば細かい細工、これは蔦の模様かな?

 見たことのある花も掘られている。

 最近はナーガに椅子を引いてもらうのもなれた。

 レース編み、すごいな……。

 どこで手に入れたのか、材料から調達したのか……いやいや、そんなバカな。

 でもナーガだし……。

 執事って奥が深い職業だなぁと最近は思う。


「私の席は?」

「どうぞ」


 ナーガはウルバルのために恭しく椅子を引いた。

 頑丈そうな、立派な四角い椅子だった。

 踏み台じゃないよね?

 形がさ、理科室とかで見る椅子に似ている。

 あの椅子って意外と高いんだよね、たしか一万六千円前後だったような気がする。

 会社で使っていた自分の椅子より三倍くらい高くて何とも言えない気分になったっけ。

 ちょっと懐かしいとか思ってしまったが、ウルバルさんは眉一つ動かさずに流れるような動きで座った。


 なんというか、一つ一つの仕草がとても絵になる人だ。

 野性的というよりは洗練されて研磨された繊細さを伴う美しい造形。

 ザ・正統派美形といった感じで、雰囲気的にも上に立つ人って感じ。

 誰かに仕えているウルバルさんがあんまり想像できない。

 王子様だと言われても信じてしまいそうだ。


 だって私の知っている王子って千葉さんを聖女と言って憚らないアラン王子だけだし、むしろウルバルさんの方が威風堂々としている。

 ……今ちょっとだけノクトンの未来を心配したけど、あんな国というか王族は滅亡したほうが国民のためだろう。


 ウルバルさんは優雅なしぐさでナイフとフォークを操り、その品の良さにはナーガも嫌味の一つや二つ、三つや四つ、口にできずに飲み込んでいる。

 むしろこの完璧なマナーを前に嫌味って、それは私に対する嫌味にしかならないよね。

 それでも日本にいる時よりはずっと上品になったんだよ~。

 その証拠にウルバルさんも私のマナーの良さにはちょっと感心していたように見えた。


「君は綺麗に食べるのだな」


 皿の上を綺麗にした直後にそう言われた。


「何か問題でも?」

「いいや。とてもおいしそうに食べるから、彼も作り甲斐があるのだろうと思ってね」


 おう、食い意地が張っているといわれているのか?

 まぁ確かに大ぐらいな傾向は昔からあるけどね。


「私の知っている女は、残すことを美徳としている者が多いな」


 どこぞの国では一口分を残さないとまだ満足していないからもっと食わせろという意味があると聞いたことがある。

 異国では自分の常識とは違う常識があるから気をつけねば。

 わからないことは確認!

 聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥って言うしね。


「美徳?それはマナー的な?」

「美意識的な」


 頭を後ろから殴られたくらいの衝撃を受けた。

 言葉の暴力、反対。


「細く華奢であることに誇りを持つ女は貴賤を問わず大多数いる」


 私だってそっち派に属したいけれど、色より団子なんだよ……食い意地が勝るんだよ……。

 華奢じゃないけど、くびれは一応はあるよ。

 だいたい骨太なので華奢になりようがない。

 この世界に来てだいぶやせたけど。

 ナギが流れてくる前なんか聖者も修験者もびっくりな食生活だったし。

 今だってOL時代から比べるとアスリートみたいな生活を送っているしね。


「誰だって美しくきれいになりたいじゃないですか」

「君はそうじゃないのか?」

「それは私が美しくてきれいじゃないと?」


 彼の目が面白そうにすがめられた。


「どこに美の基準を設けるかはそれぞれでは?」


 それはつまりなにか、人によっちゃあ私もイケているという、趣味の悪い御仁にしか好かれないと……。

 確かに私は平たい顔の民族だけどさ……ふふ……いかん、目から青春の汗が零れ落ちそうだ。

 目の前の男を妄想の中で女装させて鼻で笑ってやろうと思ったら、自分じゃ足元にも及ばない迫力美人が出来上がりそうなのでやめておいた。

 これだから美形ってやつは……。


「君は魔法の練習をしているのだろう?それなら食欲が増してもおかしくない」


 私が不思議そうな顔をすると、彼もちょっと不思議そうな顔をしたけれどすぐに何かに気が付いたように頷いて補足した。


「魔法を使うと腹が減るんだ」

「知らなかった……」


 私の食い意地とは関係のないところでそんな事情があったことにちょっとほっとした。


「というか、今までずっと一人だったからそんなことを気にしたことがなかった」


 気にできるほど人と一緒にいなかったし。

 こっちの世界に来てから人と生活するよりも一人の方が長かったし。

 ナーガと生活が始まっても人と会う機会がないから食事の量とか比べようがなかったし。

 常識のある人と初めて接したような気がする。


「君は……いや、詮索は無粋だったな」


 人も魔族も近づかない魔の森で聖獣と羊な執事の魔族と一緒にいる女。

 こうして改めて今の境遇を考えると怪しさしかないね……。

 下手に関わったら不味い人種だと私だったら思うけど、それと関わりを持つ方を選ぶあたり、ウルバルの事情というのも触れちゃいけない系の匂いがプンプンする。


「よかったら、魔法の訓練に付き合おうか?」

「えっ、いいの?」

「助けてもらったお礼の一つだと思えばいい」

「よろしくお願いします」


 ウルバルならきっと常識的な教え方をしてくれるに違いない。


「普段はどんな訓練を?」

「ナギとナーガに教わっているんだけど、最近は索敵と隠ぺい。魔物の巣のそばで索敵の練習をしたり、魔物の巣の中で隠ぺいの練習をしているの……」


 完璧な食事マナーを披露していたウルバルの手からナイフが落ちた。

 眩暈を覚えたような顔をしているけれど、大丈夫かな。


「すまないが、今、魔物の巣の中で、と聞こえたのだが?」

「隠ぺい魔法をかけた状態で巣の中に置いてきぼりにされて、こっそりと中から逃げ出す訓練なんだけど……」


 ウルバルの目がナーガとナギに向けられた。

 彼らはさっと顔をそむける。


「どうかしたの?」

「お嬢さんは、常識を少し学んだ方がいい。普通はそんなハイリスクしかない訓練はやらない」


 きっぱりと言われた私はショックを受けた。


「やっぱりそうだったんだっ!」


 一人と一匹は私と目を合わせることなくそそくさと用事を思い出したかのようにこの場を離れていく。


「あいつら……」


 頭を抱えてしまった私をウルバルは気の毒そうな顔で見ていた。


「ハイリスクだが、上達は早い」


 落ち込んだ私をフォローするように付け足されたが、そりゃそうだろうよ。

 死に物狂いで必死になったよ!

 痛いの嫌だし、怖いのも嫌だから必死に必死にがんばったよ!


「ふ、普通はどのように訓練を?」

「索敵だと魔力の広げ方を覚えてから森の浅いところで実践。コツをつかんだら森の奥で魔物の索敵を訓練する。もちろん兵士の護衛付きだ」


 護衛……一応、守ってはくれたよね。

 振り向いたら魔物がいたなんてしょっちゅうだけど。


「じゃ、じゃあ、隠ぺいは?」

「魔法による気配の偽造、消失をひたすら練習するだけだから、まずは部屋で基礎を習い、それから市場や公園など人の多い場所で訓練して終了だな。魔物の群れに置き去りというのは、初めて聞いたが」

「に、似たような訓練は?」

「せいぜい、檻に入った魔物の前で練習するくらいだろう。普通はそこまでしないが」

「……そこまでしちゃう状況、は?」


 なんとなく想像はついたけれど聞いてみた。


「密偵や暗殺者ぐらいだろう」


 つまりこのハードな訓練は特殊な人しかやらないというわけで……それをやらされていた私はいったい何にされてしまうのだろうか。

 いや、でも暗殺者に狙われているかもしれない現状、隠ぺいは必要なスキルだし。

 でも索敵で私の敵になりうる人物の特定ができれば必要ないスキルじゃない?

 かといって今更逃げ足を鍛えてもたかが知れているし、テレポートみたいな魔法はないみたいだし、そうなると自力で逃げるのか。

 いっそ空飛ぶ訓練でもしてみる?

 ああ、風属性がなかったからダメだ。


「お嬢さん?」


 ウルバルの声に慌てて現実に戻った私は笑顔を浮かべた。


「ウルバルさんのまともな練習がとても楽しみです!」

「そ、そうか……」


 彼の憐れむような視線にさらされても私の心はまともな練習ができるという一点で揺らぐこともなかった。

 今の私はあの過酷な訓練から逃げ出せるのだという喜びで胸がいっぱいだった。




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