一本釣り
ナーガのおかげで闇魔法の使い勝手がぐんとよくなった。
光が活性なら闇は鎮静。
その意味がよくわかる。
認識する力をちょっと弱めてあげれば私は木と同じになれる。
闇っていうとなんだ怖いイメージだったけれど、光のマイナスイメージをナーガに教えてもらってからそれはなくなった。
バーサーカーって闇魔法のイメージだったんだけど、実は光魔法の影響だと聞いた時はびっくりした。
簡単に言えば、元気が良すぎて熱血を通り越してヒャッハーしてバーサーカーになるらしい。
闇魔法でも光魔法でも精神をお狂わせることは可能だけど、狂わせる方向が違った。
引きこもってネガティブにうじうじと執拗になっていき結果的に呪詛使いとかになっちゃうのが闇魔法。
発散してポジティブに暴走して周りの迷惑顧みず突っ走って暴走したあげくにバーサーカーになっちゃうのが光魔法。
「どっちの魔法も怖いね」
「精神的な干渉といえば闇魔法と思われがちですが、真に魔法を理解している者からすればどっちもどっちです」
身もふたもない説明だった。
「注目を集めるなら光魔法、隠れたいなら闇魔法。やっていることはどちらも同じなのですよ」
人の意識に干渉する。
「闇魔法のイメージが悪いのは、隠れたい者の職業に後ろめたい職業が多いせいでしょう」
暗殺者や泥棒が衆人環視の元で堂々とってありえないもんね。
「人に注目されたい職業は華やかなものが多いので、皆好意的になるのです」
王様や吟遊詩人、役者なんかは注目されてナンボだしね。
ナーガの座学は面白くてわかりやすい。
魔法というものがどんどん好きになっていく。
闇魔法のマイナスイメージが払しょくされたこともあっただろう。
隠ぺいも認識阻害も上達してきたし、自信もちょっとだけついてきた。
検索……じゃなくて、索敵関係がちょっと難しい。
そもそも私があれこれと理屈っぽいのがいけないらしい。
なんじゃそりゃ、と思ったけど。
生物で連想するのは微生物から大型動物まで。
ウイルスなんかそこかしこに漂っているわけだから、自分に害がある存在にくくって索敵したら見事に上下左右全方に引っかかりました。
すげぇなウイルス、すげぇな、細菌、すげぇな……というわけで、余すことなく全方位が敵ばかりで全く役に立ちませんでした。
ナーガには変な目で見られたよ。
自分に害をなすものといったら、通常は魔物か肉食獣、盗賊がひっかかるらしい。
初心者だと、なんとなくあっちの方にとか、こっちの方角に嫌な気配がするけど距離は分かんないや~、というあやふやな感覚で終わるらしい。
私のイメージは映画とかアニメで見るいわゆるレーダー。
自分を中心とした円の中に赤い点で脳内に表現するというオーソドックスな手法だ。
もちろん三次元なので円というよりは球体だね。
そうしたらさ、ものの見事に真っ赤に染まった。
もうね、赤いマリモみたいでさ、笑うしかないって感じ。
「よし、じゃあ今度は害意を持つ者ね」
私に対して悪い考えを持っている生き物!
これならウイルスやら細菌が引っかかることはないだろう。
「サーチ!」
頭の中の球体は透明なまま。
「どうですか?何か反応はありましたか?」
「いいえ、まったく。この辺にはいないようです」
私がそういうと、ナーガは不思議そうに首をかしげた。
「おかしいですね。今、あなたの後ろによだれをたらした狼がいるのですが」
ぎょっとしながらばっと振り向くと、今まさに飛びかかろうとしていた狼と目があった。
向こうも私が振り返ったことに驚いたのか、動きが止まる。
その間にナーガがナイフを投てきし、見事に額に刺さって狼が倒れた。
「変化はないですか?」
「ないです……」
「発動が失敗したのでしょうか?」
「ちゃんと魔力が使われたし、発動しましたよ」
そこは譲れないよ~。
でも私を食べようとした狼さんに反応しない時点で失敗なのだろう。
二人でう~ん、と考えてもさっぱりわからない。
しばらくするとナーガがふっとまとう雰囲気を和らげた。
「考えてもしかたありませんね。今日はもう、別の鍛錬を行いましょう。水辺に来た獣をさくっと倒せば気も晴れるでしょうし」
「いや、晴れないから」
魔物ならばともかく、獣は普通に生きているからね。
というか、この森に生息している獣は少ない。
狼、トラ、猿、ネズミ、蛇。
もちろん私のいた世界の狼とか虎とかとちょっと違うけど、いちいちなんとかもどきをつけるのも面倒なので省略。
ちなみに蛇の背中にちびデビルみたいなちっちゃい羽が生えており、ちょっとかわいいとか思ってしまった。
「魔物はともかく、普通の生き物はちょっと勘弁してほしいです」
生き物を殺すことで糧を得る。
当たり前のことがなんて罪深く業が深く、そして欲深いのだろうか。
だけどそれは私にも当てはまる。
私は捕食者であり、その逆でもあるのだから。
命を屠り、命をいただく。
この世界に、というよりあの洞窟でナギから生魚を与えられたあの時から、きっと私のいただきますの意味は重くなったと思う。
だからこそ、身を守るためと食べるため以外で命を刈り取ることに強い忌避感を覚えるようになった。
「魔物ならばよろしいのですか?」
「あれは生き物じゃないでしょ」
強い魔素によって体内の魔力が変質し、魔物に至る。
そして命を紡ぐことのない存在になる。
子孫を残せない種族ならばそれは世界の理から外れた存在だ。
「では魔物を探して憂さ晴らしを……」
「だからなんでそーなるのよ。私ってどれだけ暴力女だと思われているの?」
こんな生活をしているのだから八つ当たりもしたくなるけど、八つ当たりの対象はナーガ一択だと思う。
鉄面皮、慇懃無礼という言葉がよく似合う。
前の雇用主が不憫でならない。
というか、ナーガのせいで歪んだんじゃないかと秘かに考えている。
「この世界の川魚って意外とおいしいと思ったわ」
「ソテーにしますか?ソースはどのような?」
「任せる。私、料理は基本、焼くか煮るか生だと思っているから」
「かしこまりました。ではお嬢様のお好きな柑橘系のソースをおつくり致しましょう」
「ありがとう。それじゃあがんばって捕まえます!」
捕まえるといっても素手じゃない。
あの頃のように何もできなかった自分じゃない。
私はゆっくりと魔力を使って水を操るイメージをそのままに川の水を操る。
魚影を見つけるとそこだけ見えないバケツで救い上げるイメージで空中に水ごと浮かべる。
魔法というのは本当に不思議だ。
重力や慣性の法則を捻じ曲げる。
私は超能力者じゃないので水の塊を宙に浮かせることはできないが、魔法を使うとできるのだ。
「あっ、大きい魚影を発見!ただちに捕獲するでありますっ!」
ナーガに敬礼してから巨大魚を水にくるんで持ち上げる。
ふふん、この水魔法は洞窟にいた時からやっているので手慣れたものなのだ。
「とりゃーっ!」
気分は一本釣り。
そして宙高らかに放り上げた物体を見て私は硬直した。
「おや、人ですね」
のんびりとしたナーガの声のすぐ後に、大きな水音を立ててそれは沈んでいった。
「流されていきますが、よろしいのですか?」
ナーガの問いかけに我にかえる。
「よよよよろしくないっ!」
慌てて川底に沈んで流されていくドザエモンを再度魔法で釣り上げると川岸に横たえた。
その傍らに膝をついて様子を見る。
「おや、随分と若い男が流れてきたものですね」
「若いって、どうみても成人しているでしょう。まずはヒール!」
キラキラと水が日に弾けたように光って男の体を包み込む。
「まずは、ということは次はどのような魔法を?」
「いや、ないんだけどね」
「……お嬢様は私の想像の斜め上を行くお方ですね」
ジト目で言われたけど、ノリってもんがあるじゃん。
なんて考えていたら、目の前の男が小さなうなり声をあげて身じろぎをした。
次の瞬間、私は地面を転がっていた。
「へ?」
正確には、襟首を思い切り引っ張られて体育の授業のように後転をしていたのだが。
痛くないように転がしたナーガの腕を誉めるべきか、何のアクションもなくいきなりやったことを怒るべきか。
しかしナーガの方を見るとそんな場合じゃないことが分かった。
ナーガの右手に持ったフォークを半身起こした男が小型のナイフで防いでいる。
これってもしかして、私、危なかった?
想像するに、意識を取り戻した男が身の危険を感じて私を排除か人質にしようとしたところをナーガが後ろに引っ張って距離をとり、それと同時に男との距離をナーガが詰めてフォークで突き刺そうとしたら男ナイフにさえぎられた。
こんな展開だろうか。
二人のにらみ合いが怖いです。
威圧感が半端なくて、私はオロオロとしてしまった。
しかしこのままじゃいかん。
ナーガに男がやられるか、ナーガが男をやっちゃうか、みたいな展開はちょっと遠慮したいので、がんばって声をかけることにした。




