執事って何だっけ?
変な魔族を拾ってしまったが、彼の存在はなかったことにして私は修行に励むとしよう。
せっかく手に入れた麻袋なんだから、有効活用しないとね。
「それでナギ、どうしたらいいの?」
袋を見せながらナギに聞く。
『魔力の制御はうまくなってきている。空間魔法は簡単に言えば切りばりだ』
「切って、貼る?」
『そうだ。空間を切り取って固定し、出入り口とくっつける』
簡単そうに聞こえるけど、実際は難しいのだろうな。
と、思っていた時もありました。
びっくりするほど拍子抜け。
一発でできちゃったよ。
『これに関しては随分とイメージが強固だったのだな』
猫型ロボットのおかげだろう。
私の魔法収納袋のイメージは四次元ポケットだから。
しかもちゃんと時間停止と維持付き。
無限大だぜぇっ!と言いたいところだけれど、ナギの見立てでは学校の家庭科室くらいの大きさらしい。
『あとは血で契約魔法を使えばお前だけの袋になる』
「契約魔法?」
『商売、約束、個人登録に使われる一般的なものだ』
神の名のもとに契約魔法をするらしい。
宣誓してから血をたらす方法と、紙を媒介とした二種類があるそうだ。
文言に規則はなく、本人の意思が大事らしい。
「ええっと、じゃあ私と私が許可した人だけが使えるように」
言葉にしてからハタと気が付いた。
血が必要……。
針もなければナイフもないこの状況で血を見るって、どうやって?
水魔法でちょっと切ってみる?
ダメだ、指をすっぱり切っちゃう未来しか見えない。
闇魔法……はまだ制御が上手くできないし。
空間魔法で切り取るって、腕ならまだしも首を切り取りそうで怖い。
無理だ……。
ここまできて諦めるのかと思うと悔しいけれど、偶然にけがをした時にでもとっておこうと肩を落とした。
「お困りのようですね」
「わわっ!」
修行に夢中でナーガラージャの事をすっかり忘れていた。
だから気配もなくいきなり後ろに立つのはやめて欲しい。
私が某スナイパーだったら撃ち殺しちゃっているよ。
「よろしければ私がお手伝いをいたしますが?」
「手、手伝いって?」
「針を持っておりますので」
「道具を貸してくれたら自分でやります」
食い気味に返してしまったが、ナーガラージャは気にした様子もなく懐から小さな裁縫ケースを取り出した。
「どうぞ」
中から針を取り出して手のひらに置き、私に向けた。
それを手に取り、左手の人差し指にちょっと突き刺す。
ああ、この痛み、懐かしい。
ボタン付けをした時によく指先を刺したっけ。
「私と私が許可した者が使えるように、と」
人差し指の上にぷっくりと小さな赤い雫になった血に願いを込めて袋に指を押し付ける。
魔力が体から少しだけ抜ける感覚があり、うっすらと光を帯びてすぐに消えた。
不思議な現象に目をみはりながら指を離すと、血の跡はどこにもなかった。
血はどこに消えたのだろうか。
「ナギ、なんで血で汚れないの?」
『魔力と混ざり合うから、薄まるだけで消えたわけではない』
「なるほど」
コップの水に血を一滴たらしたところで無色透明は変わらない。
濁るほどの量じゃないってことか。
目で見えなくなっただけで、そこに存在するのは変わらないのだ。
「ありがとうございます」
そういって彼の手の上に針を乗せると、なぜだか目を丸くさせて驚かれた。
なんなんだろうか。
「それでは私は夕食の準備をさせていただきますので、しばらくおそばを離れますがご心配はいりません」
年を感じさせない動きで立ち上がると、彼はすたすたとまっすぐどこかへ歩いて行った。
「ねぇナギ、本当に好きにさせておいていいの?私、お給料とか払えないよ」
『あの一族は主に仕えるのが趣味と実益を兼ねているからいい』
ナギは小さく笑った。
『王侯貴族がこぞって従わせたいと願う一族だぞ』
「王様が?」
『あの一族の一人で一騎当千。護衛いらずで執事としてもメイドとしても超一流』
「そんなに優秀なの?」
『ああ。優秀すぎて一人では何もできない哀れな一族でもある』
「なにそれ……」
一人だとなんでもできてしまって人生がつまらないそうだ。
つまらなすぎて狂ってしまいそうになるから、自分ではやらないことをしでかしてくれそうな主に仕えてその人生を楽しむって、めっちゃ上から目線な一族だな……。
「暇つぶしに人に仕えるって神経がわからない」
『大人が暇つぶしにそのへんの子供と遊ぶのと一緒だろう。退屈しすぎて世界を破壊しようとした逸話を持つ一族だ』
今のはきかなかったことにしよう。
だって彼はヤギじゃなくて羊の角持ちだったし。
イケにえを欲するんじゃなくていけにえになっちゃう側だよね?
いや、退屈しのぎというのならいけにえは私か?
ナギと話をしていると、少し離れた場所からドゴォンとマンション建築現場みたいなすごい音が聞こえた。
「今の、は?」
『ふむ。魔力検知と探索魔法も鍛えるべきか。執事の仕業だ。大物を一撃とはやりおるな』
ナギは感心したようにふむふむと頷いているけれど、彼の倒した大物を見て私が絶叫するのは時間の問題だった。
執事の仕事って、主の代わりに家の切り盛りをするんじゃなかったっけ?
執事の仕事って、主の秘書みたいな役割じゃなかったっけ?
執事って、執事って……羊……。
脳が思考停止した。




