死に水とります
『……なつかれたようだぞ』
「面倒ごとはごめんだし、人の面倒より自分の面倒を見てもらいたいくらいなのに……」
「なんと!それは好都合!」
愚痴をこぼしていた私の横に、いつの間にかナーガラージャはいた。
えっ、なに、いつ隣に?
「私、主の面倒を見るのが仕事です」
「…………」
『利害が一致しているようだが』
眩暈がしそうだ。
得体のしれない人?をそばに置けるほどお人好しでも警戒心がない人でも心が広いわけでもないんだよ。
「私、前の主人の不興をかって薬を盛られ、意識が遠のく中フルボッコにされ、気が付いたら先ほどの状態だったのです」
自分語りを始めたと思ったら、ものすごく色々と端折った説明だな。
だがわかりやすい。
「あの状態、ですか」
殺す気満々の仕様でしたけど、どんだけの不興を買ったのだろうか。
「救いようのないバカ息子に正論をかまし続けて命令を聞かなかったのが悪かったようです」
人?としては立派だと思うけど、雇い主の意向に逆らうのは使用人としてどうなのかと思う。
それとも忠臣という主思いに特化した故の悲しい話なのだろうか。
「やめようとは思わなかったんですか?」
「私の想像を絶する馬鹿さ加減が面白くてつい」
今の一言でバカ息子にちょっとだけ同情したくなった。
つまりなにか、この人はバカ息子を観察するのが面白かったのでやめずに雇われ続け、ちょっかいという名の小言や苦言をていしていたら暗殺の憂き目を見たと、そういう事?
忠臣でも何でもない、愉快犯的な?
頭が痛くなりそうだ。
私の理解の範疇を越えている。
こんなアブナイ思考の持ち主に面倒を見てほしくない。
「わ、私を主と仰いでも面白みはないと思いますけど?」
「命の恩人を主と仰ぐのはよくある話だと思いますが?」
「いやいや、よくあっちゃダメでしょう」
ナーガラージャは本当に不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。
「失礼ながらお嬢様に給金などは求めておりません」
「……では、何を?」
「仕えがいでございます」
それは何か、前回のバカ息子のように面白おかしく観察したい対象かどうかという事か?
………………ヤバイ、否定できない。
自分の素性、今に至る経緯、それらを考えたらこの人の大好物になりそうでヤバイ。
「ナギ」
助けを求めてみたが、ナギはわからないといった眼差しを私に向けた。
『利害が一致しているならいいではないか』
それ、さっきも聞いたから。
「主様。私は一人では何にも興味が持てないのでございます」
いきなり何の話だ。
私はカウンセラーじゃないぞ。
「一人では何をしてよいのかわからず、途方に暮れてしまうのです」
なんじゃそりゃ。
「老い先短いこの命、私は私のために使いたいのです」
それがどうして私に仕えるという話になるのだろうか。
理解に苦しむ。
「主様の面倒は全て私が見させていただきますので、あしからず」
「決定事項じゃないのっ!」
いかん、突っ込みを入れてしまった。
してやったりとにやりとほくそ笑んだのはしっかり見たぞ!
「ナーガラージャ」
「はい、なんでしょうかご主人様」
「私は家も金もなければ持ち物も持っていません。いわゆる貧乏を通り越して野良犬と同じようなものです」
なぜかナーガラージャは目をキラキラさせた。
まるで理想の主を見つけて感動しているようにも見える。
やめろ、気持ち悪い!
「今日のご飯も自力で狩りをし、木の幹に寄り掛かって寝ながら葉の茂る枝の下で雨をしのぐという今日を生き抜くのが精いっぱいの暮らしをしているのです」
「なんと!」
おかしい、ドンびくかと思いきや食いついてきている……。
「これほどお世話のし甲斐がありそうな主は久方ぶりでございます!」
わからないっ、私にはこの人が理解できない!
「な、ナーガラージャさんは魔族ですよね?」
このままでは旗色が悪いので、話題を変えることにした。
「はい、そうでございます」
自分の事に興味を持ってもらえたのが嬉しいのか、ナーガラージャは好々爺のような柔和な笑みを浮かべた。
「人族に仕えることに忌避はないんですか?」
物語とかだと、魔族は人族を見下すパターンが多い。
「いえ、まったく」
はい、話が終了しました~。
「人族の狡猾で強かで己の欲望に常に忠実な図太く屑な神経は尊敬に値します」
「本当に尊敬しているの?」
そっちの方にドン引きなんですけど!
「もちろんです。魔族は己の力に絶対の自信があるせいか、どうも脳みそが筋肉に偏りがちです。なんでも力で押せばいいというものではないでしょう?」
同意を求められても、これってうかつに返事ができない類のものだよ……。
「もちろん賢き者もおりますが、たいていは人間のように口先三寸で事を収める才覚に欠けるのですよ」
褒めてないよね。
なんていうか、このナーガラージャという魔族は頭がいいのだろう。
頭が良すぎて周りの魔族とあわなくて、色々とこじらせちゃったのかもしれない。
「……そうなんですか」
「はい。ですからぜひ私をご主人様のしもべにしてくたさい」
「しもべって言われても……使い道がわからないし面倒なんで結構です」
本心からこの方にはご退場願いたい。
そりゃ執事とかメイドさんに傅かれるとか夢見ちゃったりするけど、あくまでも夢だからね。
小市民な私には妄想でおなか一杯夢いっぱい。
百貨店の開店時刻に行ったら従業員一同が左右に並んでいらっしゃいませって頭下げられるのも苦手だし、旅館で従業員一同頭を下げてお見送りとかほんとやめて欲しい。
「そう遠慮なさらずに」
「がっつり断っています」
この手の人の話を聞かない人に遠慮していたらダメだと悟った私はきっぱりと言い切った。
「承知しておりますが、主様には拒否権はございません」
「なんじゃそりゃーっ!」
素で突っ込んでしまってもしょうがあるまい。
「老い先短い私のささやかな夢をかなえていただけないなんて……」
うわ、この人作戦を変えてきたよ。
哀れな老人の夢をかなえろだなんてわがままだな。
「ちなみに私は長くみつもってもあと60年から70年で死ぬと思うのですが、寿命はどれくらいなんですか?」
「あと二百年は猶予があるかと」
ありすぎだろう。
長生きしすぎて退屈でしょうがないのかもしれない。
だから人生に面白さを求めちゃうんだね……。
「ご安心ください。ちゃんと死に水もとりますので」
「なにをどう安心していいのかさっぱりわからないよっ!」
ちょっとだけバカ息子の気持ちがわかってしまった。
麻袋に詰め込んで川に流してやりたいだなんて、ちょっと思ってしまったじゃない。
老人に死に水は任せろなんて……腑に落ちないにもほどがある。
種族による寿命の差を考えれば確かにそうなんだけど、そうなんだけど気持ち的に納得がいかないよ!
初対面の人間、じゃなくて魔族になぜここまで言われなきゃならないの!
「……片眼鏡って、そっちだけ目が悪いの?」
それとも片眼鏡の形をした魔道具なのだろうか。
「いいえ。つけているとカッコいいからでございます」
すいませーん、どなたかコイツを川に流しちゃってくれませんかね~。
精神的にゴリゴリと削られた気がした。




