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礼はいらない

 ナギに手伝ってもらって袋から人を取り除き、じゃない、袋から人を取り出してもらった。

 大きくなったナギがパクッと上半身をくわえて持ち上げ、私が袋を引っ張るという力技だ。

 随分と丈夫な袋ね。

 コーヒー豆とか入れても破れなさそう。


『シズカ、俺が守る。回復魔法を試してみろ』


 おっと、袋が手に入った喜びに忘れるところだったよ。

 気を失っている人の横に膝をつく。

 見た感じ老人だけど角がある。

 これはあれだ、魔族とかいう奴か。

 角と言っても日本の鬼みたいなものではなく、羊のようなくるりんとした太くて立派なものだった。

 悪魔の……いや、あれはヤギで羊じゃない。


「初めての、治療魔法。じゃない、回復魔法!いや、治ればなんだっていいや」


 気合を入れよう。

 初めて私が、私の意志で。私の力で助ける人。

 この人が治ることを祈って。

 こんな状態になる前の、元気な姿になることを祈って。


 ナギから呪文はイメージを固定するものだから、しっかりとしたイメージがあれば詠唱する必要はないと言われた。

 だけど私は言霊を信じている派なので、あえて一言を口にする。


「ヒール!」


 私の手がうっすらと光、それはそのまま相手を包み込む。

 見た目は老紳士。

 いぶし銀という言葉が似合いそうな、若いころは色々とやんちゃしてたでしょって感じの老紳士だ。

 燕尾服みたいなスーツをきているけど……紋付き袴とか、案外似合いそうだ。

 光が消えて回復魔法は終了っと。


 なんとなく極道の女性たちのテーマソングを口ずさみながら袋の水を絞る。

 これで空間魔法の練習ができる。

 もううっきうきだ。

 これで収納魔法を完成させれば、いつでもどこでも好きな時に食べられる……。


「丈夫そうないい袋だよ、これ。ねぇナギ、これで練習……」


 バサバサと水気を飛ばしてから振り向いた私は目を開けてこちらを唖然とした顔で見ているおじいさんと目があった。


「私は生きているのですか?」


 わお、低音ボイスの渋い声。

 びしょ濡れの老紳士は渋い顔をしながらゆっくりと体を起こし、立ち上がる。

 そして指をパチン、と鳴らした次の瞬間、ぬれねずみだった彼のすべてが一瞬でかわいた。

 髪も服も、顔についていた水滴も。

 職業は魔法使いですと言われたら信じちゃいそうだ。


「あなたが私を助けてくださったのですか?」

「はい、そうです」


 丁寧な物腰だが、なんか圧があるよ?

 じろりと睨む眼差しに年季を感じちゃうよ?

 あ、なんか嫌な汗が出てきた。

 あえて言うのならば、ヤクザの親分と目が合っちゃったって感じ。


 老紳士はいきなり頭を下げた。

 横から見たくなるくらいに綺麗な直角だ。

 あの上にコップを置いたらきっと中の水は水平に違いない。


「この度はわが命をお救いいただき、ありがとうございました」


 低音ボイスがきっちりと折り目正しくお礼を述べてきた。


「いえいえ、大したことはしておりませんから」

「なんと……謙虚にもほどがありますっ!」


 えぇ~っ、なぜか怒られた。

 困ってしまって大きなままのナギに目を向けると、ナギが私の傍らに寄り添ってくれた。

 安堵感が半端ないよ、ナギ。

 このモフモフ感はすべてを忘れさせてくれる。


「む……」


 老紳士の目がナギに向けられ、じろりと睨みつけたかと思った次の瞬間、驚愕に目を見開いた。


「なんとっ!」


 そして私を見る。


「貴女様はいったい……神の使徒であらせられますか?」


 いいえ、通りすがりの聖女の出来損ないです。


「随分大げさな称号ですね。私は普通の、ただの人間です」

「嘘をおっしゃらないでください」


 即行で切り捨てられた。


「普通でただの人が己の事を普通でただ人だと口にするなどありません」

「それすごい偏見……」


 日本人なら十中八九、私と同じ答え方をしたはずだ。


「ただの人間が私の傷を一瞬で治し、聖獣を従えるなどありえません」

「でも傷を治すくらいは、普通の人でもできますよね?」


 擦り傷くらいは魔力があればなんとかできると聞いている。


「いえ、私のケガは肋骨が八本と、両手足の腱を切られ、肺に骨が刺さり、内臓が少々破裂していた状態でした」


 どんな状態だよそれっ!

 逆によく生きてたな。

 びっくりするほどの生命力だよ、このおじい様。

 しかもどんだけ冷静に自分の状態を分析しているんだか。


「それが綺麗に治っており」


 やりすぎたとは思わないけど、魔法の力ってすごいんだな。


「あのまま流されていたら、私は力尽きて溺れ死んでいたでしょう」


 浮かんでいたのは中で泳いでいたのだろうか。

 器用なのか……。


「しかも私にかけられた魔封じも解除していただきました」


 あれ、私がかけたのはただのヒールだよね?


『ふむ。おそらく聖女効果だろう』


 なんじゃそりゃ。


『俺の考えだが、助けたいという気持ちが神の卵にヒビでも入れたのでは?』


 うん、確かに願ったね。

 生前の……じゃないけど、元気だった時の状態って考えたよね。

 つまりそれはケガだけじゃなくて状態異常も含まれていたというわけか。


 しかしちょっとチョロいんじゃないですか、神の卵。

 本気で助けたいと思ったけどさ、それはあくまでも水魔法のヒールを使ってできる範囲で助けたいって思っただけで、別に何が何でも五体満足健康第一って思ってたわけじゃないよ。

 それとも助けたいという気持ちがきっかけなのだろうか。


 考察は後にして、さっきから後頭部を私に見せているこの老紳士をどう扱ったらいいのだろうか。


「ど、どうぞ頭を上げてください」


 そう声をかけると、老紳士は面を上げた。


「私はナーガラージャと申します」


 耳を疑った。

 飲み物を口に含んでいたら、絶対に霧吹きのごとく吹き出していた自信がある。

 私のいた世界だと、その名は神様の名前だよ。

 蛇神様とか竜王とか言われているんですけど……羊?


「ななな、ナーガラージャ?」

「はい」


 にこにこと彼は微笑んだ。

 名前を呼ばれたことが嬉しいのだろうか。

 いや、まさか、だよね?


「私は西城静香です」

「サイジョーシ、ズカ様ですか」


 西城市にお住まいの宝塚フアンみたいな響きだけど、違うから。


「シズカ、です」

「おお、大変失礼いたしました。静香様ですね」


 流暢な響きで私の名を呼んだ。

 なんていうか、日本風に名を呼ばれた事がものすごく久しぶりで新鮮だった。


「これからは誠心誠意、静香お嬢様に尽くさせていただきます」

「はい?」


 聞き間違いじゃなければ、つくすって言った?

 何それ、つくす、つくし、つくせば、土筆……おひたしにするとうまいらしい。

 じゃなくて、この人は何を言っているのだろうか。


「私、執事を職業としております」


 ああ、そうなんだ……マフィアのボスとかヤクザの親分が似合いそうな迫力の執事……。

 羊だから執事なのか、執事だから羊なのか……いや、そうじゃないよね。

 現実逃避している場合じゃない。


「おお、無事だったか」


 何やら胸のポケットから片眼鏡を出していそいそと左目に装着した。

 そしてなぜかドヤ顔。


「実は……」


 なんか嫌な予感がする。


「お礼は結構!それじゃあナギ、行こうか!」


 言わせないよぉ~っ!

 歩き出した私たちの後をナーガラージャはついてくる。

 てくてくとついてくる。

 にこにこしながらついてくる。

 ある意味、めっちゃ怖いんですけどーっ。


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