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走馬灯じゃないから

 なぜ私が崖から突き落とされたのか最初から説明しよう。

 うん、これはいわゆる現実逃避だから。

 決して電波な女じゃないから。

 そしてこれは走馬灯じゃないから。

 だって走馬灯ってあれだよほら、死ぬ間際に見ちゃうんでしょ。

 これが走馬灯だなんて断じて認めんっ!






 私は普通の部類に入るOLだ。

 高校を卒業後、専門学校に入って会社に就職。

 字面だけ見れば順風満帆だが、可もなく不可もない平凡でありきたりな人生だ。

 ちなみにリアルな恋人はいないが妄想の彼氏は何人かいた。

 いつか出会いがあることを期待しながら電車に乗って家と会社を往復し、時には合コンしたり普通にセクハラにあったりモラハラがあったりなかったり。


「今朝見たらさぁ、コンビニがクリスマスバージョンに変わっていたよ~」

「という事は、新作スイーツが出ていたり?」

「ハロウィンスイーツが残っているかもよ」

「値引きシール、貼ってあるかな?」

「スーパーならあるだろうけど、コンビニじゃぁ無理じゃないの?」


 そんなどうでもいい会話をしたせいか、お昼のデザートにはコンビニスイーツが食べたくなった。

 意気揚々とコンビニに向かう途中、地面が崩れ落ちた。

 いわゆる陥没ってヤツだ。


 前を歩いていた女性が振り返った。

 ものすごい美女だがものすごくびっくりした顔をしている。

 私も造作の違いはあれどびっくりした顔をしているのだろう。

 そして私は彼女と一緒に落ちていき、落ちていき……「奈落かよっ」と美女が低い声でぼそりと呟いたのが聞こえて思わず同意した。


「落ちて、ますよね?」


 だんだん不安になってきた。


「なんだか変よ」


 美女に不安そうな顔をされるとあれだ、なんか助けてあげたくなる。


「陥没ならせいぜい高くても10mってとこじゃない?」

「けっこう落ちてから時間がたってますよね」


 上を見上げちゃうくらいの余裕だってある。

 光はどこにも見えなかったけどね。

 だけど互いの姿だけははっきりと見えるというこの不思議な現象は何だろう。

 アニメとかだと暗闇だけど人の姿は視聴者に分かるようにばっちり見えているけれど、本当にそんな感じだ。

 暗闇でも見えるカメラだってこんなにはっきり見えたりしない。

 写真の背景を黒に塗りつぶした感じだけど、あれは二次元だから。

 光源のない三次元じゃありえない。


「私、西城(さいじょう)静香(しずか)と申します。漢字だと西の城、静かに香るです」


 挨拶は人類共通のマナーだと思う。


「あ、ご丁寧にどうも。千葉、です。千葉県のち、ば。名前はひでよ、し、の……ええっと、豊臣秀吉、のひでに美しいと書いて秀美(ひでみ)です」


 名前に美が入っていても違和感がない人だ。

 説明に豊臣秀吉が出てくるという事は、関西より、愛知県あたりの出身だろうか。

 気が付けば浮遊感覚はなくなっていて、かといって地に足をつけて立っているという感じでもない。


「千葉さん、なんだかよくわからない状況ですね」

「そ、そうですね……西城さんは……なんかすごい落ち着いていますね」

「わけがわからない事は考えてもしょうがないですから」


 バカの考え休むに似たり、て言葉通りだ。


「はぁ、そうなんですか……」

「大学受験の過去問を見た時にそう悟りました」


 遠い目をする私を、千葉さんはなぜか生温かい眼差しで見ていた。


「特に英語……リスニングCDは下手な睡眠薬より効き目があると思います」


 真面目に力説する私に脱力したのか、千葉さんは力の抜けた笑みを浮かべていた。


「何が起こるかわからないし、とりあえずお互いが離れないように手を握りましょう」


 提案とともに伸ばされた手を私はとった。

 気合の入ったネイルにほっこりしつつ、意外と大きな手から伝わる温もりに安心する。

 一人じゃないって心強い。

 私たちは顔を見合わせると、運命共同体の自覚とこれからよろしくねの意味を込めて微笑みあった。




 次の瞬間、私たちは光の中にいた。

 と思ったら、普通に室内の明かりが眩しかっただけだった。


「おおおおおおっ!」


 聞こえたのは男たちの歓声。

 何かめでたい事でもあったのか?


「無事に聖女を召喚することができました」


 感極まった年配の男の声が聞こえる。


「うおぉぉぉ、聖女さまーっ!」


 どこのアイドルだよ。

 徐々に目が光に慣れてきて、周りの様子が見て取れた。

 まず思い浮かんだのはギリシャ神殿。

 オリンポスかよと思いつつ見回してみれば、全員がお揃いの真っ白なローブに身を包んでいる。

 荘厳な、いかにも神聖な儀式をやります感が半端ない体育館並みに広い空間。

 床は真っ白、大理石だろうか。

 これが黒だったらヤバイ神様が降臨したりするのだろうか。


 おっといけない。

 現実逃避するために余計な事をあれこれと考えてしまうのは私の悪い癖だ。

 某刑事のように細かい事には気が付かないがどうでもいい事には気が付いてしまう。

 感極まった男たちの叫び声というので思い出すのは高校野球だが、いや今はどうでもいい事だった。


「聖女が、二人?」


 誰かのつぶやきが嫌によく通った。

 ここまでよく通る声ならアナウンサー向きだね。


「どちらが聖女なんだ?」

「失敗したのか?」

「まずいぞ」


 一瞬だけしんと静まり返ったあと、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

 召喚しておいてなんだよ、うぜぇぞこいつら。


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