再びのドンブラこっこ
「自分、不器用っすから」
ぼそりとそう呟いてから頭を抱えた。
「うおぉぉぉぉこれじゃダメだこれじゃダメだこれじゃダメだーっ!」
誰に対しての言い訳だよ、ほんと。
結論から言おう。
蔦による巾着袋は失敗に終わった。
編み物の才能はなかった……。
こんなにがんばったのに、ステータス画面に編み物とか器用さの単語はどこにもない。
「こんな時、強奪スキルがあれば……くっ……」
横からナギの冷たい視線を感じるが、私の心は荒み切っていたので気にならなかった。
『あったとしても人がいないのにどうするのだ?』
「ぐはっ……」
精神ポイントが思い切り削られた気がする。
誰も人がいないのに強奪スキルがあっても使いどころがない。
魔物にスキルがあったとしても、編み物なんてあるのか?
逆にあったらすげぇよ!
「ナギ……疲れたよ……」
『ああ、うん、そうだろうな……』
私も周りに散らばる残骸を見ながらナギは神妙な様子で同意した。
憐れまれてもいい、蔑まれてもいい、もう編み物なんてやりたくないーっ!
「どっかに巾着袋、落ちてないかな。ポシェットでもいいし、ポーチでもいいし、財布で中身が入っていたらなおいい……」
『気分転換にちょっと遊ぼうか』
意味不明な事を言い出した私を本気で心配したナギが川遊びに誘ってくれた。
魔の森にも川は流れている。
当たり前なのだが、なんだかちょっと新鮮な気分だ。
「ちょうどいいや。頭もかゆくなってきたし」
水浴びでもして頭を冷やそう。
そう思ってナギに乗って川までやってきた。
普段は川から離れた場所で生活している。
川には魔物が水を飲みに来るからね、意外と危険なんだ。
「この辺りはけっこう流れは緩やかだね」
『ところどころ深くなっているから気をつけろ』
そう言いながらナギは威圧を放った。
最初はびっくりしたけれど、こうやって威圧を放つことで川に潜む魔物を脅して安全を確保するのだ。
威圧に負けて気絶した魔物がぷか~っと浮いてきたかと思うと、どんぶらこっこと川下に流されていく。
それを見送ってからゆっくりと川の中に入り、ふうっと息を吐いてから流されていった魚をすくい上げておけばよかったと後悔した。
「ああ……風呂に入りたい……」
水じゃなくて温かいお湯のね。
魔法がもっとうまくなったら、お風呂に入れるようになるだろうか。
現在、原始人もびっくりな生活を送っているけどね。
ナイフがないから石の破片で獲物を切り裂き、木の枝をぶっ刺して丸焼きにして食べる。
洞窟と違って寒暖の差があって夜がちょっと辛いけど、ナギが布団代わりになってくれるので助かっている。
家なき子である現在、毎日が野宿。
ホームレスでございますがなにか?
チート、何それおいしいの?
チーたらなら美味しいけどね。
川の中にもぐって頭をわしゃわしゃとかいて汚れを洗う。
指の腹を使って優しくマッサージ、なんてことはしない。
爪を立ててふけをかいてそぐ!
そして髪を絞って終了!
皮膚の表面を手のひらで軽く撫でまわして古くなった皮膚と汚れをこすって落とし、ハイ、終了!
石鹸で体を洗ってシャンプーして、コンディショナー使って髪を艶々にして、バスアロマでリラックスしたい……。
そういや生活魔法というご都合主義的な魔法のジャンルがあったけど、この世界にもあるのかな。
後でナギに聞いてみよう。
『シズカは水が好きだな』
「水が、というより風呂が好き」
体をきれいにすると、心まできれいになったような気がするしね。
掃除は現世における最大の修行という話を聞いたことがある。
だから神職住職関係者は掃除を修行の一部にしているのだと。
綺麗にするとやり遂げた感があってすっきりするし。
……適度に散らかっている私の部屋は煩悩だらけだったな。
今更ながら、あの部屋はどうなっているのだろうか。
変なものは置いていないから別にいいけど。
日記とかは書かないし……私って行方不明扱いなのかな。
それとも、防犯カメラとかに道路陥没の瞬間が映ってて、映像から私だって特定されて、葬式の一つもあげてもらえたのかな。
いや、行方不明のままか?
二人を探すためにどこまで穴を掘るかだけど……どんなに掘っても絶対に死体が見つからないんだから、行方不明のまま死亡って線が濃いな。
そういえばあの時の、この世界に来た時に持っていた物はどこにいったんだろう。
買い物をしようと外に出たんだから、たしか愛用のポーチを持っていたはず。
あれはどこに行ったんだろう。
落下のさいに落としてしまったのか、はたまた召喚されたどさくさに無くしてしまったのか。
それとも、召喚されたあの場所に置いてきちゃったのかな。
だとするとめっちゃ調べられてから国宝扱いされていそうだ。
「あれさえあれば、こんな目には……」
少なくとも、自分のモノ知らずに打ちのめされることはなかったのに。
編むのは覚えていたけれど、まさか最後の糸の始末の部分を覚えていないとは一生の不覚!
色々と編み方を試してみたけれどダメだった。
ポーチとか、最悪財布の小銭入れの部分で空間収納が作れたかもしれないのに。
悔やんでも悔やみきれないけど、異世界から持ち込んだものが何一つ手元にないってのも悔やみきれないよね。
畜生、私の大切な品物をどこのどいつが持っていきやがった!
「ああ……大きさにはこだわらないから、袋が流れてこないかなぁ」
とにかく袋みたいな形状だったらなんでもいい!
なんて思っていたら、上流の方からゆっくりと何かが流れてくるのが見えた。
寝そべっていたナギが体を起こす。
『何か近づいてきた。気をつけろ』
近づいてきたというか、流れてきたというべきでは?
そう思いつつナギの方に戻ろうとしたけれど、それが大きな袋だとわかった瞬間、私は川の中に戻っていた。
だって袋だよ!
これで編み物からおさらばできて空間魔法の練習ができる!
もう頭の中はそれでいっぱいだった。
流れを予想して袋の前に立つ。
あれ、思ったより大きいな……いや、大は小を兼ねる!
問題ナッシングー。
袋を掴むとナギの方へ泳いだ。
ナギはじゃぶじゃぶと膝まで水に入ると袋をくわえてくれたので、私は手ぶらで水から上がった。
どさりと袋が置かれる。
「やったーっ!念願の袋だよ!これで収納魔法をゲットして、色々とできることが増えるね!」
最初は空間を拡張して入り口を袋の口につなげて、それからもっと練習して時間停止を覚えれば腐らずに済む。
果実や食べられなかった肉とか入れておける!
今までは私が食べきれなかった肉は全部綺麗に丸々っとナギが食べちゃっていたけど、保存がきくなら無理にナギが食べる必要もないし。
「ふっくろ、ふっくろ、ふ、く、ろ!」
小さなハンカチで体をふいてから洋服を着る。
それから念願の袋を乾かすためにまず中身を取り出そうと手をかけた。
「ん?」
改めてみるとけっこうでかいな。
大きなボストンバックくらいの大きさはある。
「何が入っているんだろう」
食べ物だったら捨てなきゃいけないけど、タオルとか生活雑貨だったらとっておける。
そんな事を考えながら久しぶりにワクワクした気分で袋を開けた。
白い毛が見えた。
カーペットでも詰め込んであるのかな。
袋をずらして中身を引っ張り出そうとしてハタと気が付く。
「……ねぇナギ、これって生きているの?」
声が震えた。
ついでに手も震えている。
『まだ生きているな』
余計な言葉はいらない。
私は生きた人が入った袋を拾ってしまったようだ。




