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引きこもりから旅人へ


『シズカ、どこに行きたい?』

「ここでも神殿でもなければ、どこでもいい」


 この世界には行く当てなどないのだから。


『……では、隠れ里的な場所はどうだ?』

「どうだと聞かれても、本当にわからない。人が大勢いるところはちょっとまだダメかな」


 人嫌いというか、人が怖い。

 日本にいた時は、命の心配はしなくてもよかった。

 でもここの人たちは違う。

 平気で暴力をふるうし、命を奪う事を何とも思っていない。

 そりゃあ日本にもそういう人はいるよ、いるけどまっとうに生活していればまず出会う事のない人たちだからね。


 だけどこの世界は違う。

 普通に、まっとうに生活していても出会ってしまう。

 というか、その辺にごろごろしているんじゃないかと思う。

 実に怖い世界だ。

 もちろんそういう世界でも生き抜く術はあるけれど、日本という治安のいい世界で生きてきた私にはハードルが高すぎる。

 生まれてこの方、暴走族だってテレビでしか見たことないし。


『では亜人や魔族がいる場所はどうだ?』

「あったことがないからわからない。……行ってみてもいいかも。ダメなら出ていけばいいだけだよね?」

『お前の好きなようにするがいい』


 心がほっこりとする。

 気兼ねなく話ができるって素晴らしい。


「ナギはどうしてそこまで親切にしてくれるの?」

『普通、命の恩人には親切にするものでは?』

「そうかもしれないけど、だからって主従契約なんてしなくたって……」

『俺の命とシズカの命では重さが違う』

「えっ、何それ」

『人間の感覚で言えば、蝶の一生に付き合うようなものだ』

「ああ、そういう意味ね」


 寿命が違うのだと理解した。

 ナギにとってはほんのちょっと時間を取られるだけなので、主従関係を結んでも過去にはそんなことがあったなぁという思い出の一ページにしかならないわけだ。

 私の寿命で考えると一年にも満たない間なら、命の恩人と主従関係を結んでもいいかと思えるので納得した。


『あと、話が通じないのが面倒だと思ったから』

「割といい話だと思ったのに台無しだよっ!私との契約は暇つぶしだって言っているようなものじゃないのっ」


 すっと目をそらすナギ。

 ああ、うん、退屈していたんだね。

 命の恩人云々は、まぁそれもあるけど本命は暇つぶしにちょっくら人間に付き合ってみるのもいいか、てやつだよね、絶対!


『そう拗ねるな。人間と契約してもいいと思ったのはシズカが初めてだ』

「くっ……よくも初めてだなんて最強のカードを出してきやがったな」


 嬉しくなるじゃないかコノヤロー。

 気まぐれだったとしても、一緒にいてくれるあたたかなそんざいは確かに私を救ってくれた。

 私の正気を保ってくれた。

 ナギは私にとって命の恩人、いや恩獣、ちがった、恩神獣。


 私が主でナギが従う。

 ナギが主で私が従う。


 どっちもありだと思っている。

 調子に乗りそうだからナギには言わないけれどね。


「よぉしっ、魔の森に出発!」


 気分一新、ポジティブな静香ちゃんになるのだ。

 引きこもり生活は今日で終わり!

 今から私は旅人になるのだ!

 焚火の前でハーモニカを吹いちゃうよ!

 ハーモニカはもっていないけど、気分はそんな感じで。


「ところで魔の森ってどこにあるの?」

『ノクトンとウルトロンの間だ』

「ノクトン?ウルトロン?」

『そういえば、シズカのこの世界の知識はゼロに等しいのだったな』


 教えて、ナギ先生!


『人間こそが至高の存在と謳うのがノクトン国。聖女を召喚した国だ』

「あ、今いる国ってノクトンっていうのか」


 なんか聞き覚えがあると思ったら、最初に声をかけてきた下っ端役人が教えてくれたんだ。

 すっかり忘れていたよ。


『ウルトロンは混沌の国。ありとあらゆる種族が集う国で、竜族の王が治める国だ』

「他にも国があるの?」

『大きい国ならばあとは獣族の国、キフ共和国がある。後は小国がいくつかある』

「ふぅん。獣族の国かぁ。いつか行ってみたいな」


 想像するのはアニメに出てくる獣耳と尻尾を持った人型だ。

 コスプレ会場みたいでちょっとワクワクする。


『当然だが、ノクトンとウルトロンは仲が悪い』

「主義主張が違うもんね」

『ノクトンは人間以外を蔑んでいるからな』

「……もしかして、人間以外を奴隷にしているとか?」

『その通りだ』


 テンプレだ。

 でも地球の歴史だって白人が黒人や黄色人種を奴隷にしていた時期もあったしね。

 地球は肌の色で差別だったけど、この世界の人間は形で差別なのか。


「逆に、自分たちの種族が最高!っていう国はあるの?」

『小国にその傾向があるが、だからといって別の種族を奴隷まで落とす種族は人間だけだ』


 どこの世界でも人間という種族は業が深いらしい。


「魔の森はどっちの国の領土なの?」

『どちらでもない』

「なんで?」


 ちょっと嫌な予感がするよ?


『強い魔物の出現率が異常に高い故、領土に含めるメリットがない』

「身もふたもないな、その理由……」

『お互いに押し付けあう結果、不干渉条約が作られた』


 領土にしたら魔物を駆除する必要が出てくる。

 しかも異常に繁殖しているということは、駆除にも相当の兵力を注ぎ込まないといけない。

 そうすると軍事費がべらぼうに高くつくわけだ。

 さらに領土に加えたら、魔物がウチの国に来たのはお前らの管理不足だと戦争の口実になるし被害があれば賠償問題と因縁つけられ放題でデメリットしかない。


「だけど魔物なら、素材とか結構な値が付くんじゃないの?」

『確かにつくが、それでも割に合わんのだろう』


 強い魔物がどれくらい強いのかはわからないけれど、割に合わないというからには兵士が何人か犠牲になってようやく一頭なのかもしれない。


『一頭倒すのに百人も死んでいたらさすがに割に合わん』


 想像以上だったよ……。

 もはやそれって災害級では?

 えっ、ちょっとまて。

 そんな災害クラスの魔物の出現率が高いところへ行くの?

 これから?

 遭遇したら普通に死ぬだろう。

 ポジティブ静香ちゃんじゃなくてネガティブ静香ちゃんに逆戻りなんですけど。


『俺が一緒にいるから大丈夫』

「どの辺が?」

『聖獣はこの世界でも強者だ』


 なるほど。

 ナギと一緒にいれば喧嘩を売ってくる魔獣がいないと。


「物騒な魔獣がわんさかいるところへ行くのはいいんだけど、魔の森を出て両国を襲ったりしないの?」

『魔の森は魔素が強いので魔物にとって居心地の良い場所。よほどのことがない限り外に出ることはない』

「よほどの事って?」

『中途半端に怒らせた場合かな』


 基本、強い魔物に仲間意識はない。

 しかし弱、中くらいの強さの魔物で群れを作る種族があり、卵であったり子供を奪って逃げると追いかけてくるそうだ。

 卵や子供を奪う場合、他は一匹残らず皆殺しにしなければ、どこまでも追いかけてくるらしい。


 ごくたまに、貴族から依頼を受けた冒険者がやらかしてスタンピードを起こす原因になったりする。

 なぜスタンピードになるのかわからなくて質問すると、実に単純明快な答えが帰ってきた。


 食物連鎖の問題だった。

 弱い魔物が人里に集団で向かう。

 それを餌にしている中くらいの魔物がおいかけ、さらにそれを餌にしている……という悪循環。


「ここから魔の森は近いの?」

『俺が本気になれば一日でつく』


 ナギの本気がわからないのであいまいに頷いたことを私は後悔することになった。

 えっ、なにこれ、どこのスポーツカー?

 いや、戦闘機?

 なんか今、雲みたいな薄い膜ができたよっ!

 バカでかい音がしたよ!

 限界突破ならぬ音速の壁ってやつ?

 じゃあ今の音はソニックビームってやつ?


 マジか……でも私の周りには風一つない。

 目まぐるしく移り変わる景色の中で、私の周りだけが凪いでいる。

 ひょっとしたら風の魔法で防御とかしているのかな。

 あとでナギに聞いてみよう。


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