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外へ出よう


「ところで神の卵ってどうやったら孵化するの?」

『知らん。たいていの人間は孵化しないまま寿命で死ぬし』

「おぉ~いっ!」


 突っ込みを入れてしまうのもしょうがあるまい。

 えっ、なにそれ。


「ひょっとして、人間てみんな神様の卵をもって生まれてくるの?」

『そうだ』

「うそぉ~ん……。それじゃあ卵を孵化させる条件って何?」

『はっきりとしたことはわからん。俺の予想でいいか?』

「この際、何でもいい」

『必ずしも素質と己の願いが合致するわけではないということでは?』


 剣の素質を持った人が弓の達人になりたいと願ったら、素質は開花することはないだろう。

 弓の素質を持った人が、商売で一旗揚げたいと願っても、素質は開花することはない。


「……なるほど。確かにそれじゃあ、神の卵が孵化する確率が減るね」


 貴族に農民系のスキルが宿っても、農民に芸術系のスキルが宿っても、それに触れる機会がないので本人が気付くことなく一生を終えてもおかしくない。

 この世界の住人は狭いカテゴリーの中で生活し、そこから出ることは少ない。

 日本の子供のように、職業体験や植物の育成、校外学習や社会科見学、といったように直接見たり聞いたり感じたりする機会があればまた違うのだろう。

 しかしこの世界では、農民は農民の、商人は商人の、職人は職人の、貴族は貴族の、と住み分けがはっきりとしているので互いが関わりあう事はない。


「神様の卵の中身がなにか、ナギにはわかるの?」

『傾向はわかる。だから静香、お前の卵は聖女だと思う』

「そうなんだ……ん?」


 さっきナギは、本人の素質と願いが合致すればと言っていなかった?

 ……ああ、なんか思い当たる節がいっぱい。

 聖女になっていいように使われるのは嫌だと思っていたら、そりゃ顕現するわけないよね。

 私が聖女の力を望むとしたら、家族や友達が呪いにかかった時ぐらいだろう。


 赤の他人が呪いに苦しんでいるのを見て、可哀そうに、誰かが助けてくれると良いと思ったり、助けてくれそうな人の心当たりくらいは教えてあげる程度には良い人間だと思う。

 何が何でも私が助けてあげる、と思えるほど良い人間じゃない。

 そういう意味では、ヒールという治癒魔法もそうなのだろう。

 想像力はあるけれど、ヒールで誰かを癒す私、が想像できない。

 それはたぶん、私自身がヒールという魔法を必要とするようなケガをしていないからだ。

 擦り傷くらいなら水で洗って放置。

 日本にいた時からそうだったしね。


「聖女なら千葉さんがいるし、二人もいらないみたいだし」


 ああ、いかん、ちょっとやさぐれてしまった。

 聖女は唯一無二、この世にただ一人の尊き存在。

 だと思っていたけどそうじゃないことを私は知ったけれど、この世界の人たちは知らない。

 ただ、それだけなんだけど……それがまたなんともいえない影響力があるからこそ厄介だ。

 ここで私が聖女だなんて言ったら、詐称で死罪もありうる。


「ナギ、私が聖女だって事は秘密にしてね」

『口外はせぬが、敏い者は気が付くぞ。それはいいのか?』

「敏い者?」

『真贋を持つ者、精霊、妖精、人間なら魔力の強い者』

「それ、どのくらいいるの?」

『さぁ』


 ……うん、わかっちゃいたけどね。

 何を期待していたのだろう。

 聖獣だからと言って、世の中の事情にすべて精通しているわけではないのだ。

 神様に忘れ去られている存在なんだし。


『それより静香』

「なに?」

『外に行く気になったのか?』

「へ?」

『いや……』


 なんだかとっても気まずそうにナギがこちらを見ている。


『人間が怖いから、ここに隠れ住んでいるのだろう?だったら外の人間を気にする必要はないではないか』


 そっか、ここにいる限り人と会う機会なんかないんだよね。

 ……別に隠れ住んでいるわけじゃないんだけど。

 そういえば、ここに流れ着いた経緯は話したけれど、これからの話はしていなかった。

 主に魔法の話しかしていない。

 これは私が悪い。


 外には出たいけど、神殿には戻りたくないだけなのだ。

 しかも私の中では絶賛、迷子中なだけで、お日様の下で生活したいよ。


「たまたま流れ着いたここでサバイバルをやっていただけで、外に出られるなら外に出たいんだけど」

『えっ!』


 めちゃくちゃナギに驚かれた。


「えっ!」


 私もびっくりした。


「そういえば、言葉が通じて魔法が使えることに加えて聖獣なんてレアに驚いて今の今まで聞くのを忘れていたけれど」


 本当に忘れていたんだよ。


「ナギはなんで流されてきたの?」


 今更な質問に、ナギがお笑い芸人のように器用にこけて地面に突っ伏した。


『本当に今更だな』

「なんか、ゴメン」


 ちょっと気まずいが聞いておかないとね。


『うっかり足を滑らせて谷底に落っこちて流された』

「…………」

『…………』

「えっ、それだけ?」


 しょぼい理由にびっくりだよ。

 ナギがちょっと恥ずかしそうに顔をそむける。

 あ~、私の事情があまりにも重くて「足を滑らせちゃったよテヘ☆」とは言いづらかったのだろうなぁ。

 気持ちはわかるよ。


「人生、何があるのかわからないもんだね」

『そう、だな……』

「ナギは外に出られるルート、わかるの?」

『出ようと思えば』


 私の今までの苦労を返せ、と声を大にして言いたい。

 ……当分、魚と苔は見たくない。






 ナギはできる子だった。

 というか、大きさが変わる子?だった。

 本体はクマ並みにでかいらしいが、エネルギーの節約で小型にもなれるらしい。


 質量って凝縮できるの?消失しても復活するの?

 いや、そもそもあの肉体は私の知っている細胞の集まりなのだろうか。

 そこからして違うような気がするけれど、気にするのはやめよう。

 私はマッドサイエンティストではない。

 こういう生き物なのだと、あるがままに受け入れるのも心の平穏を保つ技だ。


 巨大化して私を乗せると、地上へ出るために歩き出した。

 気分はもののけ姫だ。

 ナギは急ぐことなくとことこと歩く。

 ヒカリゴケのない暗闇の中を音もなくナギは進んだ。

 暗視ゴーグルみたいな機能が付いているのだろうか。

 それとも蝙蝠的な超音波系なのだろうか。


「そういえば、神の卵を囲むように水と闇と時空があるって、どういうこと?」

『シズカが使える魔法だ。神の卵は等しく存在するが、魔法の種は使い手を選ぶ』

「えっ、魔法が使い手を選ぶの?」

『相性の問題だ』

「相性?性格とか?」

『素質と種の相性で、性格は関係ない』

「イメージ的には、明るい人は光、落ち着いた人は土、自由奔放な人は風、熱血は火なんだけど」

『それはイメージであって実像ではない』

「そうなんだ」


 これもまた、そういうものだというカテゴリーなのだろう。

 だいたい魔力の種に意思があるのだろうか。

 それともランダムなのか?


「私には三つあるけど、火とか光とか風とか、魔力の種がないのに使えたりするの?」

『使えるが、持っている属性のようには使えない。静香の魔力量なら、四分の一を使えば焚火に火を起こせる』

「効率悪すぎっ!」


 私の魔力量はこの世界の人からすれば異常なほどに多い。

 その私ですら四分の一を持っていかれるという事は、魔力の少ない人なら足りなくてダメって事か。


「水のイメージはすぐ出てくるけど、闇魔法ってどんな感じなの?」

『代表的なものだと睡眠、精神作用。影移動。辺りを闇で照らす』

「闇で照らす?」

『光と逆だと思えばいい』


 つまり、暗くなるってことか。

 …………使いどころが全く思い浮かばないのだが。

 昼寝する時にしか使い道がないよね。


「影移動っていうのは?」

『時空魔法と合わせで使える技だ』

「おお……なんか闇魔法が好きになってきたぞ。時空魔法はどんな魔法?」

『カバンの中に異空間を作って何でも物を入れたり、その者の時間間隔を操作できる』


 筋力アップでスピードアップとは違い、本人の時間を通常の時間と切り離して早くしたり遅くしたりできる。

 これはまた、使えそうな魔法だ。

 だけど乱用したら人より早く年を取ったり、人よりゆっくりと年を取ることになる。


「使えるようになるかな」

『コツさえつかめばすぐにでも使える』


 それは楽しみだ。


『もうすぐ地上に出るぞ』

「えっ、もう?」


 ヤバイ、なんだか緊張してきた。

 そもそも私、どれくらいの間、洞窟にいたんだろう。


「あっ……」


 空気が変わった。

 じめっとしたものから爽やかなモノへ。

 空気が軽い。

 木々を揺らす風の音。

 微かに聞こえる虫の声。

 緑の匂い。

 せっかく外に出られたというのに、私の視界は歪んでしまった。


「ふっ……く……」


 外に出ると、ナギが足を止めた。

 何も言わずに、動かないでいてくれる。


「うぅ…………が、とう……ギ……」


 そよ風が頬をなでる。

 見上げた月は涙で歪む。

 この景色を私は一生忘れない。


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