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やっちまった?


 ポフポフと柔らかなナニカがリズミカルに額を叩く。


「ん……なに……」


 白っぽい何かが顔の間にあった。

 それを見て思い出す。

 泣いて泣いて泣き疲れてそのまま寝ちゃったんだ。

 文字通り泣き寝入りしたんだっけ。


「あっ!」


 そういえば、拾った犬はどうしたんだろう。

 いや、さっきからポフポフと人の額や頬を叩いているのがそうなんだけどさ。


「おはよう、ワンちゃん」


 爽やかな?目覚めに相応しく爽やかに挨拶をしながら起き上がったら、なぜかおなかに体当たりをされた。


「うおっ」


 まるっきり鍛えていない脂肪の塊にその勢いはキツイぞ。


「元気いっぱいだね。とりあえずご飯を食べようか」


 取り出したるはヒカリゴケの一口サイズの団子です。

 もちろんBGMはポケットから取り出すときのお約束の曲を口ずさむ。


「ウウ~」


 鼻先に持っていったらめっちゃうなられた。


「ここにはこれしかないんだよ。毒じゃないよ、ほら」


 口の中に放り込み、咀嚼しないで丸のみする。

 小さな飴玉サイズだからできるけど、飲み込んだ瞬間に鼻から抜ける苔の匂いにはちょっとのたうち回りたい気分にさせられる。


「餌がないから、食べないと死んじゃうよ」


 もう一つ取り出しながらそう話しかけると、犬は仕方なさそうにそれを口に入れた。

 何かフガフガという音がしたけれど、そういえば犬の嗅覚ってすごいんだっけ。

 ご愁傷様です、と心の中で手を合わせておこう。


「さてワンちゃん。ここは知らない洞窟の知らない場所。私は悪い人に川に突き落とされたけれど、お前はどうしたの?」


 子犬はワンワンウーウー吠えているが、全くわからない。

 動物の言葉がわかるスキルはない事が証明された記念すべき瞬間だ。


「あはははは、何言っているのかわからないよ~」


 だけど不思議と嬉しさがこみあげてしょうがない。

 今、ものすごーく緩み切っただらしのない顔をしているだろうという自信はある。

 抑えようとしてもテンションの高さが言葉の端々に漏れているのだ。

 だからなのか、目の前の犬がものすごーく不審者を見るような眼差しで私を見ているような気がする。


「さてと。ごはんも済んだことだし、探検に出かけるとしようか。ワンちゃんはどうする?ついてきてもいいし、名残惜しいけどさようならでもいいよ」


 本心を言えば一緒にいたいけれど。

 いたいけれど、私はこの犬に何もしてやれない。

 私だって野良なわけだし、ね。

 本当に、一緒にいることしかできない。


 野性の犬からすれば人間の方が足手まといだと思う。

 だから、ここでお別れでもいいと思う。

 本当は嫌だけど、犬の一匹だけならこの洞窟を抜け出せる可能性は高い。


 足手まといの私がいたら可哀そうだ。

 何しろ、外に出ても役に立たない自信がある。

 サバイバルなんてどうやるのかもわからないし、肉食動物に捕食される未来しかない。


「勝手に助けただけだから、君も勝手にしていいよ」


 言葉がわかるはずもないし、意思の疎通なんてできるはずもない。

 だから今までの会話はみんな私の思い込みによる独りよがりの独り言なのだ。


「それじゃあ、出発進行!」


 ヒカリゴケのはえている場所にしかいけないので、捜索範囲は広くない。

 現在、三つの穴を発見したが、二つとも途中でヒカリゴケがなくなっていた。

 そうすると真の暗闇なわけで、その先に足を伸ばすなんて私には無理だった。

 何があるかわからない恐怖を好奇心に変えるなんて無茶で無謀な真似はできなかった。

 せめて火の魔法が使えればもうちょっと先に進めるんだろうけど、こういう時は光か火の魔法が欲しかったと思ってしまう。

 ないものねだりだけどこればっかりはしょうがない。

 暗闇に慣れるといっても限度があるのだ。

 光が一切ない世界なので暗視ゴーグルだって役に立つまい。

 今回は最後の一つの穴に足を踏み入れたいと思います。








 探検のセオリーは、右手右手に進むらしい。

 だから右側の穴から調べてて、二つはお先真っ暗。

 最後の一つに入ってすぐに二つに分かれた時は迷わず右側に足を踏み入れた。

 緩やかな上り坂に、外に繋がっているのかもしれないと期待した。

 期待と同じくらい不安もある。

 最後に会った人間がみんな悪意しかなかったら、そりゃ人嫌いになってもおかしくないトラウマでしょう。


 こんな時は千葉さんの事を考える。

 一方的な思い込みだし、私が思っているような人じゃないかもしれない。

 他の人たちも確かに親切にしてくれたけれど、それは私がお客様という立場だったから。

 聖女のおまけだとわかると、あからさまに面倒だと言わんばかりの視線をよこされたことも記憶に新しい。


 ああ、ダメダメ。

 ネガティブになっちゃだめだ。

 ポジティブで能天気なやつほど長生きするって統計が出ているんだから。


「がう」

「うわっ!」


 子犬の存在を忘れていた私はいきなり吠えられてびっくりした。

 しかも体がびくっとなって手のひらを岩肌でこすってしまった。


「地味に痛い……」


 この手の擦り傷ってピリピリジンジン、あげくにちょっと痛みの中にかゆみが混じって嫌なんだよね。


「クゥン……」


 すまなそうに子犬がなく。

 泣きたいのはこっちなんだけど、なんだよその罪悪感をえぐり込むように打つべしてきな鳴き方は。


「驚いただけ。大丈夫」


 心にも思っていない事を口にしながら頭をなでようと腰をかがめた。

 伸ばされた私の手を、何を思ったのかベロリと舐めた。


「わっ、ちょっ、汚いからダメだよ」


 生き物は好きだけど、見るの専門。

 だってよだれが付くの、いやだもん。

 真の動物好きじゃないから、犬やクマやウサギのぬいぐるみで充分癒されるし。

 別に潔癖症ってわけじゃないよ。

 ただ、好きな人以外の唾液が受け付けられないってだけ。


「ええっと、水魔法で手のひらを綺麗にしてっ、と」


 水魔法はこういう時に便利。

 いつかこの魔法でお風呂に入ってみたい。

 いや、入るんだ。

 日本人のアイデンティティはやっぱ風呂でしょう。


『俺に名前をつけろ』


 唐突に、頭の中に声がした。

 自然に目が子犬に向けられる。

 これは、まさか……やっちまったってパターンか?

 そもそもこいつは犬、じゃなかった?


「だが断るっ」


 責任とれない事はとにかくいいわけでも何でもして最初から引き受けないのが社会人の鉄則。

 お世話されたい人間に、お世話しろなんて無理ゲーだろう。

 お互いのためにならない。

 なんとか回避できないかな。





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