孤独のグルメ
目が覚めると、そこはせせらぎの聞こえる空気の澄んだ静かな場所だった。
そういえば聞こえがいいけれど、誰もいない洞窟の中を流れる川のそば。
体中が痛いけれど、我慢して起き上がる。
でないとこのまま横たわったままで、ゆるゆると永遠の眠りについてしまいそうで怖かった。
睡眠がとれて、というかかなり意識がすっきりしているあたり熟睡したのかもしれない。
こんな時によく眠れると思ったが、ほとんど気絶とかわらない寝方だったと思い出す。
「まずこの縄をなんとかしないと何もできないよ」
ヒカリゴケの微かな明かりで、なんとなくとがってそうな岩を探す。
いい感じにのこぎりみたいになっている岩肌を見つけると、そこで縄を切るべく頑張ったよ。
ん?なにを?もちろんスクワットを……。
冷静だと思っていたけれど、よくよく考えればスクワットする必要はなかった。
腕だけ動かせばいいのに、何体全体を使っているんだろう。
気が付いたときには足が生まれたてのナニかのようにプルプルと震えている。
馬鹿じゃなかろうかと思いつつ手首周辺の縄を切るべくもぞもぞと動いて切れる瞬間を心待ちにする。
ブチッ、と待望の音が聞こえた。
それと同時におなかが鳴る。
「ああ、おなかがすいた」
喉も乾いたので途中で川の水を飲んだ。
ひんやりして美味しかった。
上流で水がまだ汚染されていないのだろう。
という事は、ここは人気のない、人の来ない場所に位置しているのかもしれない。
神殿自体、割と山の上にあったし、落とされた場所はさらに山の上だったし。
以外と神殿までは流されていないのかもしれない。
ふもとまで流される前にここにたどり着けたのは幸いだ。
そろそろ空腹のせいで眩暈がしてきたしね。
「まずは、現代社会の縄じゃないことに感謝、かな」
登山に使うザイルとかだったら、こんな岩じゃ切れる気がしない。
切れた縄は何かに仕えるかもしれないので腰にぐるぐると巻き付けた。
カウボーイの訓練でもしていたら、投げ縄とかかっこよく決められたかも、だけど。
せいぜい鞭の代わりに動物を追い払うのが関の山だが、それが何よりも得難いはずだ。
生き延びることを第一に考えよう。
とりあえず、腹いっぱいに水を飲んで空腹をごまかすと、体力を回復させるために再び眠りについた。
目が覚めた時、まだ生きている事にほっとした。
川で流されている時に、気が付かないうちケガをしていた。
あちこちに擦過傷ができている事に気が付いた。
気づくの遅いよ自分、と思ったけれど。
「くっ……まさかの筋肉痛だなんて……」
アドレナリン出まくり状態で相当無理をしていたのだろう。
ずっと背泳ぎをしていた上にスクワット。
体中の筋肉が動くたびに悲鳴を上げ、擦過傷の痛みなどどこかに吹き飛んだ。
しかし人間、生きているからには腹も減れば排泄行為もある。
「うごわぁぁぁぁ……ふおおぉぉぉぉぉ」
誰もいないことをいいことに、思うがままに叫ぶ。
人がいたら絶対に変な目で見られること間違いなし。
「ふにゃぁぁぁぁっ、うぎゃあぁぁぁあっぁあっ」
一歩踏み出すことに筋肉痛が襲い掛かる。
だって全身だよ、全身。
全身筋肉痛ってすごいな……悲惨だ、人がいなくてよかった。
運動部の地獄の合宿をこなす人たちって二日目はこうなのかな。
すごいな、運動部。
ああ、おなかがすいた。
生き物の気配がないのはいいのか悪いのか。
ヒカリゴケって食べられるのかな?
食べたら全身が光ったりしないのかな。
川の中の魚は捕れる気がしない。
小さな虫も這っていないしぶら下がってもいない。
さすがにまだ虫を食すには抵抗を感じる。
やっぱりヒカリゴケかぁ……。
「異界のヒカリゴケは一味違うでござる」
なんかもう、おちゃらけなければやっていられない。
タフじゃないんで、ふざけることで現実逃避をはかりつつ現実と向き合う。
なぜござるかといえば意味はない。
ひと眠りしたら悪役令嬢風に口調を変えるつもりだ。
高笑いの一つでもすれば気分もきっと晴れるだろう……晴れるのか?
「えぐみの効いた葉緑素の味、なんともいえないでござる。それがし、いつ光るのでござろうか」
このヒカリゴケが特殊なのか、それとも異界の苔が全部そうなのかはわからないけれど。
怪我が治り、生きる気力がわいてきたのは確かだ。
スプーン一杯分でいい。
腹が満たされることはないが、相当な高カロリーとみた。
たった一杯分なのに動いても疲れないって、おかしいでしょう。
私の体がおかしいのか、この苔がおかしいのか。
「深く考えてはダメでござる~」
地球産の一般人にはわかりえない世界なのだろう。
わからない事や都合の悪いことはみんな異世界だからの一言で済ます。
「しっかしなぁ……我ながら見事に役立たずでござる」
問い 川のそばで水魔法が使える利点を述べよ。
解 ・・・・・・。
「ま、前向きに考えねばならんでござる」
暇だし、やることないし、筋肉痛も収まってきたから魔法の練習でもしようか。
魔力を体内で循環させるって、なんか拳法の達人みたいで面白い。
気を巡らせて丹田にうんたらかんたらってやつ。
やっていることはたぶんそれと同じだと思うんだけど。
「それじゃあ本日は川の水を使って練習してみるでござる」
水魔法を使うと、どこからともなく水が出てくるけど、あれって大気中の水分をかき集めているのだろうか。
それとも魔素とやらが変質して水になるのだろうか。
だとしたら、魔素は万能細胞ならぬ万能元素?
錬金術が使えたら、そこんところを突き詰めてみたいものだけれど、あいにくと私が使えるのはしょぼい水魔法。
「もうちょっと、攻撃や防御に使えるくらいにはなりたいでござる」
上達すれば魚だって捕れるかもしれない。
でもなぁ……独学だと限界があるんだよね。
魔法の使い方はもういろんなお話に乗っているからいいんだけど、魔法の発動の仕方はどれもあいまいだ。
魔法というものを使って初めてわかることもあるし、なんとなくだけど焚火を起こすのにマッチじゃなくて火炎放射器を使っちゃっているような感覚はある。
せめてチャッカマンとかライターくらいには合理的に使えるようになりたい。
いや、自分の使う魔法は水魔法なんだけどね。
「どこかに魔法の先生がいないでござるかぁ?なんだったら桃太郎のようにドンブラこっこと流れてきたりしたら最高でござる」
自分で言っていて何だけど、それってどんな状況だよ。
この川を人が流されてくるって事は犯罪者か冒険者の二択でしょう。
後者はともかく、前者だったらヤラレチャウヨ!
なんて思いながら川の水をテニスボールの大きさで切り取ってはまた水に返すという暇つぶしな訓練をしていた。
それに飽きると、今度は水をスライムみたいにして手から手へ移動させて遊ぶ。
「あ~あ、これが本物の悪いスライムじゃないスライムだったらいいのなぁ……でござる」
発狂しないのが不思議なくらいだ。
「さてと。そろそろ食事にしようかな」
といっても、光り苔だけどねっ!




