糊を求めて(2)
リゲルに連れられてついた場所は、糊を求める多くの人で賑わっていた。
順番に糊を受け取った人々は、「混ぜ場」と呼ばれるところであの黄緑色の粉と水、そして糊を練り混ぜていた。
「おじちゃん、私のとこにバケツ1杯分と、この人たちに3杯分、お願い。」
リゲルがキース達のために店主にまとめて注文してくれる。
「あいよ。おや?旅の人かい?」
この国はよっぽど顔見知りなのか、旅人はすぐにわかるようだ。
イオ婆ちゃんの使いだとリゲルが言うと、「あぁ、あそこに泊まってるんか」と、納得の表情をした。
店主は尺いっぱいに水糊を掬っては入れる。
粘りの強い糊は、べっとりと貼り付いて中々落ちず、バケツに入るたびにボトリ、ボトリと音をたてた。店の奥にある大樽には大量の糊が用意されていた。大樽は1つだけでなく、何個もあるようだったが、それと同等かそれ以上に、糊を求める人々の列は長かった。
「あんた達、粉はイオ婆ちゃんのとこにあるの?」
バケツを受け取ったリゲルが聞いたので、朝のイオ婆ちゃんの様子を思い出した3人は頷いた。
「しゃーない、手伝いに行くか!」
糊の入ったバケツは重さがある。リゲルは女の子だというのに慣れた様子でよいしょと持ち上げ、スタスタと前を歩いた。
宿に帰るとイオ婆ちゃんはリゲルを見て喜んだ。
「おや、リゲル!来てくれたのかい?助かるよ。」
「イオ婆ちゃん、久しぶり!相変わらずカペラさんは居ないのね。」
「あぁ、もう1年前に出てったきりさ。全く、どこで何をやっているんだか。」
カペラとは、イオ祖母ちゃんの初孫だった。自分の意思が強いカペラは、この国に嫌気がさして出て行ってしまったらしい。
リゲルの話では、それから一度も国に帰ってきていないそうだ。
その為、リゲルや町のこども達は、時たまこうしてイオ婆ちゃんの手伝いに来ている。
キース達は、リゲル指導のもと、粉と糊を混ぜ合わせた。
量が多かったので、かなり大変だった。一番体力のあるマリウスですら、汗だくで息を切らしていた。
昼になり、イオ婆ちゃんが作ったリゲル一押しの冷製パスタと、冷たいお茶で昼食をとった。
「っぷはーーー!!染みるぅ!」
豪快にお茶を飲み干したマリウスは、空になったコップになみなみお茶を注いだ。
そのすぐ後にベンも同じようにおかわりをした。普段はそれほど飲み物を飲まないベンだが、あまりの重労働にかなり喉が渇いた様子だ。
喉が潤って落ち着いたベンが、イオ婆ちゃんの隣に置かれている乳鉢の中を覗きながら、ずっと気になっていた疑問をなげかけた。
「ところで、この粉は何でできているんですか?」
「あぁ、これはフローライトという鉱物を砕いて粉にしたものさ。」
よっこいせと、腰を上げたイオ婆ちゃんは戸棚の中からその原石を出してくれた。
それは淡い緑色をした八面体の石だった。
フローライト。和名、蛍石。
高温で加熱した時に青白く発光することから、まるで蛍の光のようだとその名が付けられたのだとか。
(ただし、加熱によって砕けて破片が飛び散るので注意が必要。)
純粋な蛍石は無色透明であるが、天然のものでそれは稀で、内包される不純物によって、黄、緑、青、紫、灰色、褐色などを帯びる。
希土類元素を含むものは紫外線によって青色の蛍光を発するらしい。
また、蓄光生があるので暗くなっても光る性質がある。
この国ではそれを利用して、夜でもどこにいるかわかるように、こうして塗料を作って、町のいたるところに印をつけているのだ。
ただし、直射日光に当たりすぎると化学反応が起き、その力は失われてしまうらしい。
だからこうして、年に1度、国民総出でペイントし直すのだそうだ。
「夜になったらのお楽しみね!」
リゲルが得意げに言った。
その後の作業で、無事予定していた分の塗料は完成した。
「ペイントは時間がかかるし、夜はまた天気も崩れそうだから明日にしようかねぇ。」
イオ婆ちゃんの判断で、本日の作業はここまでとなった。
キース達3人は、リゲルを送りながら、この国を案内してもらうことにした。
町の中は、どこも緑の塗料を持った人で賑わっていた。
早いところはもうペイントに取り掛かっていた。
「本当に、みんな総出でやる作業なんですね。」
初めてのことに、ベンが目を見張る。
「えぇ、そうよ。今日はまだどこもそれほど塗れていないから、わからないでしょうけど、夜にぼんやりと家々が光り輝くのは、けっこう綺麗なんだから!」
リゲルが楽しそうに言う。
「あの、本当に国中どこもペイントするんですか?」
キースが尋ねた。
「あんた達、いい加減その敬語やめてよね。私の方がどう見たって年下なんだし。そうよ。国中のみんながぜーんぶっ」
それを聞いて、キースはふと城(仮)のことを思い出した。
「あの、、、崖に窓が空いてるように見えるんだけど、あんな高いところも?」
「あぁー、あそこはちょっと別ね。」
リゲルは城(仮)の方を見て言った。
「あそこに、人は住んでいないから。」